今日、実家から野菜が届いた。

母が裏庭で育てた野菜だ。

故郷の大野の香りがした。
輝くような緑と透き通る空、新鮮な空気の香りだ。

どんなアロマの香りより美しい香り。

野菜を抱きしめて泣いた。
野菜をだよ。それくらい愛おしいのだ。野菜とその背景にある故郷の全てを。

遠く離れて暮らすということは、こういうことだ。

どんなに喧嘩しても、仲が悪くても親は親。
どんなに離れても、私の故郷はひとつだけだ。

震災の被害にあった東北の方たちは、親や祖父母、兄弟姉妹や孫、友人、配偶者、近所の人たちを一度に、またあっという間に亡くし、ひとりぼっちになってしまった方もいる。
住んでいた地域の中でたったひとりって、私だったらどうしてよいかわからない。人は1人でも生きれると粋がっても、平和なうちは知らないだけで、結局はコミュニティに守られていることが多いのだ。

人だけではなく、住む場所や働く場所、学校、完成なコミュニティの機能を失くし、一度にたくさんの喪失感を味わい、体験した人にしかわからない辛さを感じているのであろう。いつ終熄が付くかもわからない状況が、如何にひとにストレスを与えるか。 計り知れない。

ふるさととは、誰の心にも大切なものだ。
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