【忘備録】
1️⃣ツィメルマンピアノリサイタル
医師の許可を得てツィメルマンの
リサイタルに初めて行った。
私はツィメルマンの本を読み考え方にとても共感し彼の生演奏を一度聴いてみたいとずっと思っていた。
実際聴くと超一流という言葉がぴったりだった。
ツィメルマンはピアノ演奏芸術には
3つの段階があると言っている。
①技術的な面だけで鍵盤に向かう
「ピアニスト」
②ピアノの演奏技巧を使って何かの目標に
向かって邁進する
「音楽家」
(この2つは常に対立するらしい)
③「芸術家」
この前の2つの段階をはるかに超えた次元に
到達し、もはや音符にこだわらず作曲家の魂に深く入り込み「作曲家はなぜこのように書いたのだろう?作曲家は何のために作曲したのだろう?
私はどうやって人々にそれを伝えたらよいのだろう?私はなぜ演奏しているのだろう?私の人生でやるべきことは何だろう?」など哲学的な角度から人生や芸術について問い続けながら演奏する。
私は特に③の芸術家の考え方に感銘を受けた。
彼の演奏は本当にその通りだった。
音響学も駆使し自分の鍵盤を世界に持ち歩くこだわり。
芸文ホールの4階の席だったが細部まで美しく
響きわたり特に終止形のPPの音がホールの空気感と一体化していて身体の中におさまっていく感覚には痺れた。
音楽というよりも芸術を体感させてくれた。
またツィメルマンは、以前は音楽は【音】だと思っていたが、最近は音楽は【時間】であり【音】ではない。
音楽とはある時間の中の感情の動きである。
私たちは【音】を使って【時間】を操り、聴く人に感情を伝えるべきで【音】それ自体は
けっして音楽ではない、と言っている。
それを充分に感じさせる演奏🎶だった。
またプログラム構成にも着目した。
ショパンの夜想曲
2番変ホ長調→5番嬰ヘ長調→16番変ホ長調→18番ホ長調
落ち着きのある変ホ長調から始まり
嬰ヘ長調で少し広がりを見せて
また変ホ長調に戻り少し違う世界へと誘う
ホ長調で終える世界観。
葬送のソナタは今の世の中の状勢を物語りたいのかもしれない。
2部はドビュッシー版画。
第1曲の「塔」はパリ万博でジャワのガムラン
を聴いて感銘を受け作曲された。
これから開催される大阪万博もイメージして
プログラム構成されたのか、、。
など色々な事を思いつつリサイタルに
行けた事はとても感謝で有り難かった。
2️⃣テート美術館展〜ターナー、印象派から現代へ
こちらもチケットを購入していたため
レッスンの帰りに初めて中之島美術館に
立ち寄る。
美術館自体も新しく洗練されていた。
ターナーは直感的、科学的を好み、色彩はすべて光と闇の組み合わせであり寒気.暖気🟰光と闇という観点から描いているそうだ。
特に大気の効果を感じながら感情の対照化というものも表現している。
そして遠近法を駆使し講義のための図解も描かれていて音楽理論とも重なることに気づく。
私は楽曲分析するのにすごく目を凝らして
楽譜を見ている。
作曲家の設計図を見る視点と
絵画を見る視点👀が同じだ!
どんな風に大気を呼び寄せ光を感じインスピレーションを起こし作品として仕上げて行くのか。
なぜこの作品を描いたのか、何を鑑賞者に求めているのか、どういう意図があるのかを考えて見て行くと色の混ざりやコントラストがよく見えてくる。
また風景に革新をもたらす技法や生活に密着した作品に仕上げる技法、奇抜な方法で構図を取り込み作品に音楽用語をいれる色と形を重視した技法
絵画も音楽も美学芸術の世界。
感じた事以外にもっと拡がりを持たせて
伝えていきたい。
自分の作品も、そして教えることも。
じっくり観察してそこから自分の考え方を
生み出す事をこれからもやっていこうと思う。