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2/4の虹葬までを余命として過ごす、と
余命宣告ならぬ余命宣言をして
まず起きたことは
これまでの自分が
本当の想いや喜びでしていなかったことが
明確に浮き彫りになったことだった。
そしてそれに時間を使うことを
身も心も魂も拒絶した。
「まあいいか」でやってきたこと
本当は自分はしんどいのにやってきたことが
わかりやすくできなくなった。
そしてそれは
実は誰かのためのようで
自分の不安の回避だったり
本当の意味で相手のためになってなかったことも
よくわかった。
余命だとしたら残りの時間をどう過ごすか?
改めて考えてみたら
父の突然死からずっと
いつ死んでも後悔しないように生きよう!
と生きてきたから
色々と本当にもう満足だな
って感覚の方が強くて
あとはいつかやりたかった
これまでの全作品を展示する
「たみのともみ展」をやることくらいだな
という感じだった。
そして深いところから
「ああ、もう完了したんだ」という感覚が
じわじわと上がってきて
生涯を終えて本当に源に還る感覚と
身体はまだ死ぬ訳ではないという現実とが
自分の中での大きな葛藤になっていった。
でも意識は完全に「死」に向かってたと思う。
日が経つごとに生命エネルギーはなくなっていき
虹葬以降を生きる目的とか意欲とかも
どんどんなくなっていった。
ただ湧いていたのは
これまで出逢った人たちへの感謝と
愛してるよ、の想い。
後悔とか、やり残しって
ない方がいいものだと思っていたけれど
それがあるから生きていけるんだと思った。
そして
だんだんと懸念というか
浮かんでいたことは
「本当にここで終わりなんじゃないか」
という感覚。
身体はそのままで
魂が入れ変わるという「ウォークイン」。
最初のビジョン通り
プラネタリウムで虹葬ができることになり
より一層にウォークインにぴったりな
シチュエーションが整っているように感じて
一体本当にどうなるのか?!
本気でわからなかった。
この9年間は
魂の約束を果たすために
とにかく走ってきて
沢山の魂の再会ができて
ああ、ほんとやり切ったな、
っていうのと
もう本当にこれまでの自分が
死んで無くなる感覚が強くて
本当にお別れだと思って
来てくれた方々と会っていました🌎


