昨日のブログで 「私、成長している!」というクライアントさんの声について書きました。
昨日のブログはこちら。
私は、成長の一番の初めは、
今の自分のことを知ることだ
と思っています。
知るというより、「気づく」という感覚です。
先月、<からだの声を聞きなさい>スクールの「愛情の自律」の講座を再受講していた時に、はっきりと、自分に気づいてしまいました。
それについて書きますね。
あるワークの中で、グループを二つに分けて、一方の列に並んでいる人が、別の列に並んでいる人を選び、順々にお願いに行くという局面がありました。
一度選ばれた人は、他の人は選べないというルールでした。だから、必ず最後には誰もが選ばれます。
そして、私が選ばれる側にいた時にそれに気づきました。
何人かが呼ばれ、その度に私でない人が選ばれていくのを見ていて、私は落ち着かなくなっていました。
選ばれている人を「うらやましい」と思ったり、
私だって優しそうなのにな、などと思ったり、
選ばれない自分に、「がっかり」しているのに気づきました。
そして、何人目かの人が私を選んでくれた時に、
自分でもビックリするくらい喜んでいる自分を発見。
選ばれることが、こんなにも嬉しいんだ!と思いました。
私にとっては、人から選ばれるということは、自分の能力や才能が認められたことを意味します。
そして、認められることが、愛されているという思い込みを持っているのにも
その前のワークで気づいていました。
それでも。
ここからは、後からはっと気づいたことです。
私を選んだ相手は、選んでくれた理由も言って、そしてお願いを言いました。
私は、満面の笑みで「はい、やります」と答えました。
その時には気づきませんでしたが、
私は、相手のお願いを自分が本当にやりたいのか、それともやりたくないのかを自分自身に聞く前に返事をしていたのです。
選ばれたこと(=私にとっては愛されているということ)で
無条件で相手のお願いを聞き入れてしまう自分を発見した時には、
愕然としました。
自分がどこかに行ってしまっている。
私って、こんなにも人から認められたくて、
認められるためにいろいろやってきたんだな、と思ったら、涙が出ました。
私の中には、重要と思ってもらいたい、人から認められたいというニーズがあって、
それは今のところ、自分では満たすことができていないのです。
人から認められないと、消えていなくなりたくなってしまう。
それは、心の傷が刺激をされて、仮面を被っているだけで、
本来の自分ではないのですが、どこかで、強く強くそう思っているのに気づきました。
それに気づければ、次にやることは決まっています。
そんな私のことを「そうなんだね、今はそれでいいよ」と言ってあげること。
そして、認めてほしい私を、私が一番に認めてあげることです。
足りない時には、相方さんや頼める人に
「褒めて」とお願いしよう。
そうやって、自律していくのです。
足りない、足りないと外に無意識で求めていると、
周りの人はわかるけれど、本人は気づけずに、そして
本当にほしいものはもらえず終いです。
ああ、こんなにも認めてほしい私がいて、そんな自分も愛おしいな、って
そう思えた時から変容が始まります。
だから、私ももう変容が始まっている、はず!
こうやって、たくさんの自分に出逢っていく生き方を「楽しい」と思ってます。
あなたも、自分自身に出逢ってみませんか?
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最後まで、お読みいただき、どうもありがとうございました。