昨日 仲間のコーチと集まって話をしたことで、
「コーチ」という人たちってどういう人なんだろうということを考えていました。
(私もコーチですが(笑))
私はよく思うのですが、コーチという人達の集まりに行くと、
一種独特な雰囲気を感じます。
やたらと質問されたり、こんな風に感じるというフィードバックが多い(^-^)
これはもう、学びの段階で培ってしまったものなので、
無自覚なことがほとんどです。
私の場合は、傍にいる人がはっきりと不快感を示してくれたおかげで
そこについてはとても意識的になりましたが、気づかずにやっていることも多いです。
コーチングの学びをしていない人からすると、そういうところがうっとおしいようで、
そう言われて痛い思いもしたことがあります。
ですから、セッション以外のところではなるべく封印するようにしています。
では、なにゆえ 人の話を聴いている時に、話を深めようとしてしまうのかというと
おせっかいだからです(^-^)
(これは、私の感覚ですよ)
今でも覚えているのですが、私は何年か前 私のコーチとのセッションの中で
その事実に行き当たった時に、受け入れられずに苦しかったのを思い出します。
「人の人生に関わっていこうなんて人、おせっかい以外の何者でもない」
とコーチに事実を突きつけられた時には、はっきり言って、具合が悪くなりました。
自分がおせっかいだ、ということを受け入れられなかったのですね、その時には。
コーチングを学んでいましたが、コーチだと言えずにいた時でした。
私の中では、コーチ=おせっかいの構図があって、
自分はおせっかいではない、と思っていたので、コーチと名乗れずにいました。
自分はおせっかいだということを受け入れることができた時に
コーチだと名乗れるようになり、それを仕事できるようになりました。
リズ・ブルボーさんの教えでは
人はなりたくないものを受け入れた時に、なりたいものになれる
と言いますが、まさにそういうことでした。
どんな風におせっかいなのかは、コーチそれぞれに特徴がある感じだなぁと思っています。
私が、どんな風におせっかいなのかは、明日また書こうと思います。
最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。