桜井ジャーナル 2026.04.10

米国の威を借る日本の「エリート」は米国の敗北を必死に隠そうとする 

 

 アメリカはウクライナでの戦争でロシアに敗北、イランとの戦争でも劣勢にある。その結果、科学技術や軍事力の分野でアメリカが世界を圧倒しているという幻影は消え始めた。アメリカに服従、その威を借りて傍若無人な振舞いを続けてきた人びとの心中穏やかでないだろう。そうした人びとは必死に「アメリカが勝っている」と主張している。

 

 しかし、アメリカがウクライナでもイランでも窮地に陥っていることは明確。イランとの戦争でドナルド・トランプ大統領はパキスタンを代理人としてイラン政府に停戦交渉を持ちかけ、合意したと伝えられたのだが、数時間で破綻したようだ。




 

 イランはアメリカに対し、10項目の要求を提示していた。

ホルムズ海峡の通行をイランが管理、

イランの同盟勢力に対する軍事行動の停止、

西アジア地域からアメリカ軍の撤退、

イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定の策定、

イランが被った損害に対する全額補償、

すべての制裁および国際決議の撤廃、

凍結されたイラン資産の返還を要求、

そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認することも求めている。

 

 イラン当局者によると、アメリカはこうした原則を受け入れたというが、それが事実ならアメリカは降伏したということになる。つまりアメリカはイランの要求を受け入れない。イスラエルはレバノンの中部と南部を爆撃、住民虐殺を続けている。アメリカとイランの間で合意されたとされる停戦が破綻することは必然だった。

 

 アメリカの外交や軍事をコントロールしてきたネオコンは

1991年12月にソ連が消滅するとアメリカが唯一の超大国になったと認識、

他国に気兼ねすることなく世界侵略を始められると考えた。

そこで1992年2月、ジョージ・H・W・ブッシュ政権で国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツが中心になり、

ONAで室長を務めていたアンドリュー・マーシャルの考え方に従い、

DPG(国防計画指針)草案として世界制覇プランが作成された。

 

 この文書は国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。新たなライバルの出現を防ぐことが最優先事項で、

ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、

民主的な「平和地帯」を創設する、

つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている

 

 それに対し、1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗するものの、94年4月に崩壊。

1994年6月から自民党、社会党、さきがけの連立政権で戦ったが、押し切られている。

  cf  1995.1  阪神大震災

 日本側の動きを

ネオコンのマイケル・グリーンと

パトリック・クローニンは

カート・キャンベル国防次官補(当時)に報告、

1995年2月になると、

ジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令した。そのレポートには

10万人規模の駐留アメリカ軍を維持し、

在日米軍基地の機能を強化、

その使用制限は緩和/撤廃されることが謳われている。

 

 沖縄ではこの報告に対する人びとの怒りのエネルギーが高まるが、そうした中、3人のアメリカ兵による少女レイプ事件が引き起こされ、怒りは爆発する。日米政府はこの怒りを鎮めようと必死になったようだ。

 

 こうした中、

1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、

95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。

松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次に交代、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃された。

1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載された。

この1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンへ組み込まれた。

 

 その翌年、1996年にネオコンのリチャード・パール率いる研究グループは『完全な決別:国家安全保障のための新戦略』なるネタニヤフ宛ての文書を発表している。

 

 その中でネオコンは労働シオニズム ? を批判して和平プロセスを否定。

そしてイスラエルが北部国境沿いの戦略的主導権を握り、レバノンにおける侵略の主役であるヒズボラ、

  ※ ヒズボラ:BBCより

    レバノンのイスラム教シーア派組織。

    国内で政治的影響力をもち、同国で最も強力な武装勢力を握っている。
    1980年代初頭に、中東最大のシーア派勢力であるイランによって、

    イスラエルに対抗する目的で創設された。

    当時、イスラエル軍は内戦中のレバノン南部を占領していた。
    ヒズボラは1992年以降、国政選挙に参加し、

    政界で大きな存在感を示している。

その軍事部門はレバノンに駐留するイスラエル軍やアメリカ軍に致命的な攻撃を加えてきた。2000年にイスラエル軍がレバノンから撤退した際には、それを自分たちの手柄だとした。 

    

そしてシリアやイランと交戦し、イラクのサダム・フセイン体制を倒すことを望み、トルコやヨルダンと協力してシリアを弱体化、封じ込め、さらには後退させることで戦略環境を整えることができるとしていた。「誇り高く、豊かで、堅固で、強いイスラエルは、真に新しい平和な中東の基盤となる」とネオコンは考えている。西アジア全域をイスラエルが支配するということだろう。

 

 ネオコンはウクライナでビクトル・ヤヌコビッチが大統領に就任することを阻止するため、2004から05年にかけて「オレンジ革命」を仕掛け、ビクトル・ユシチェンコを大統領に据えるのだが、彼の新自由主義的な政策は国民の大半を貧困化、人気は急速に低下した。

 

 そのため2010年の大統領選挙ではヤヌコビッチが勝利

その政権を倒すため、

バラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)でクーデターを開始、ヤヌコビッチは排除された。

 

 2022年に入るとキエフのクーデター軍は東部ドンバスに対する砲撃を激化させ、開戦は不可避だと考える人が少なくなかった

そして2月にロシア軍が機先を制す。ウクライナをミサイルなどで攻撃しはじめたのだ。当時、投入されたロシア軍の戦力はウクライナ軍の数分の1だったとされている。

 

 キエフ政権はすぐにロシア政府と停戦交渉を開始するが、

ウクライナの治安機関SBU(ウクライナ保安庁)はその交渉を潰しにかかる。

交渉を仲介していたひとりのナフタリ・ベネットは当時、イスラエル首相。彼によると、2022年3月5日にモスクワへ飛んでプーチン大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会った。​SBUはその3月5日、キエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺している​。

 

 2022年4月9日には

イギリスの首相だったボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込んでゼレンスキー大統領に対し、戦争継続を命令(ココやココ)、

4月30日には

アメリカ下院のナンシー・ペロシ議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。

またペロシは

同年8月2日、台湾を訪問して中国を挑発し、

後にイスラエルによるガザでの虐殺に抗議する人びとを批判している。

アメリカの政治家は民主党も共和党も大半がイスラエル・ロビーに支配され、血に飢えている。人びとを虐殺し、世界経済を破壊しようとしているのだ。



 

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