ママブロネタ「コラム」からの投稿

このおひな様は、私だけの
私のためだけのおひな様なのです!
これは母方の祖母が作ってくれた
世界に唯一の手作りのおひな様なのです。
私が子どもの頃は
子どもの頃は、私が初孫の女の子だったので、その当時(52年ほど前)では珍しく、
7段飾りの大きなおひな様を飾ってもらっていました。
2つ下に妹が生まれ、そのおひな様は
妹と 共有のおひな様となり、毎年毎年飾りましたよ。
私の実家は飛騨の方なので、新暦でお祭りをしていました。
いつも3月頃に飾り、4月3日が”おひな祭り”なのです。
寒冷地は、新暦が多いんですってね。
そんな7段飾りのおひな様も、私が中高生の頃には
親戚の子にあげることになりました。
毎年飾っていたし、こんな年頃はおひな様への関心が
段々向かなくなる年頃ですものね。
多分親戚の子にあげてしまってから、
おひな様や おひな祭りのことは、
ドンドン忘れていってしまったのです。
成人してからは
さて結婚して息子が生まれて、端午の節句の五月人形を飾るようになりました。
私は息子の健やかな成長を願って、
毎年五月人形をせっせと飾りました。
女の子がいないので、おひな様のことは、
露ほども思い出しませんでした。
女の子のいるお友達からは、
「もうすぐおひな祭りよね。」
と言われても、そうだなぁと思うだけで、
何の感慨もわきませんでした。
もうすっかり、おひな様やおひな祭りのことは、
遠い過去の記憶の彼方の話に思えていたのです。
世界に唯一の私のおひな様
母方の祖母は、ずっと木目込み人形作りが楽しくて夢中でした。
叔母の家や母のところへ泊りがけで遊びに来ていても
「月曜日は、人形教室があるから帰る。」
と頑として譲らず、帰って行ってしまうのです。
祖母は毎年、自分の娘たち(母は1男4女の兄弟です)に
干支の木目込み人形を作っていました。
また、曽孫が生まれると
おひな様や五月人形を作っていました。
そしてある時、私のところにおひな様が届いたのです!
祖母からの手紙には
「有子のおひな様を作りました。
」 と書いてありました。
私は祖母から、私のためだけの世界に唯一の
おひな様をもらって、感激して涙が出ました。
私も女の子(?)として、
”自分のためにおひな様を飾っていいんだ!”
と言われた気がして、
”自分の心の中にある女の子の部分”
に灯りが灯ったのです。
もうすっかり嬉しくて、さっそく祖母に手紙を書きました。
「おばあちゃん、私に世界に1つの私のためだけの
おひな様を作ってくれて、本当にありがとう!
私のおひな様だなんて、とっても嬉しいです。」
祖母からは、
「そんなにも喜んでくれて、嬉しいよ。
作った甲斐が合ったよ。」
と喜んで、返事をくれました。
それ以来、私は私のために毎年このおひな様を飾ります。
そして、毎年祖母のことを思い出すのです。
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