日没時刻がみるみる早まっていくのが手に取るように察しられる山里暮らし。
暑さにかまけてるうちあっという間に9月になり、いつの間にか秋分がもうすぐそこに。。
飛ぶように日々が過ぎ去っていくこの頃です。
よろしくない。。
これきっと、明確なビジョンをもたずに日々を送ってるからなんだと思います。
いや、毎月欠かさず新月に目標を掲げ、ずっと先の帰着点を踏み外すことがないようにと一つ一つ大切に行動の選択をしてるはず。
だけど、進んでないんですよね。選択はしてるけど、行動するまでに時間の余白が多すぎる。
自覚してるんです。。
なぜこうなるのか?
それは、掲げた目標が大き過ぎて、なのに苦手意識もありちょっと億劫だし。
好きでも得意でもないことだから、「成功してる図」の輪郭がぼんやりし過ぎてるんです。
実現できる気がしないのにそちらへと向かってる。← これ絶対あかんやつ
そんな目標掲げたらアカンのだけど、だけどどうしても叶えたいのですよね。
叶ったらいいなぁ〜っとゆらゆら流れに任せて漂う日々。。
そんなもん叶うわけないやろ💢← 自分に腹立ってきた
自分で言うのもなんだけど、普通なら絶対無理と思われることをいくつもやり遂げてきたと思うんです。
成功裡でないことも、願った結末にはならなかったこともあるけれど、とにかく思いつく最善を積み重ねて修羅場を乗り切ってきた。
今あるねこ福の佇まいも、そうやって残したもの。
崩れかけた実家と向き合い途方にくれ立ち尽くすところからスタートした。寝たきりの母を介護しながら
あのときだってビジョンなんてなく、古民家再生とはどういうことか?も未知の世界。
業者との交渉はともかく、物と埃とカビに埋もれた屋敷を片付けれる気がしなかった。
けど、自分の肩に何百年の歴史がかかってるんだと覚悟をしたら、
知るはずもないことを、知ってる、わかってる、できて当然って思える状態になり、不思議と道筋が開けてきたんですよね。
あれは神懸かってたなぁ。
今、それほどの覚悟、…できてないよねぇ。
実家の再生よりもっと壮大なことを思い描いてるのよ、覚悟なしに叶うわけないやん!
とてつもないことに挑むときは神懸かりなしに物事は動かない。
もっと真剣になろう、絶対叶うと決めよう。書いてるうちにそんな気力が湧いてきました。
何年振りだ?
先日9月9日は「重陽の節句」で、でっかい夢を掲げるのに相応しい日取りだったのだといくつかのYouTubeで取り上げられてました。
お酒に菊を散らして呑み交わすのも縁起が良いのだとか。やってみた。
ちょうど畑で菊が咲いてた。盛り過ぎか?
二十四節気のことは詳しくないけれど、東洋に住んでるのだから東洋の暦にはあやっかった方がいい。
改めて、目論んでいるそのでっかいことを紙に書いてみた。
だからかな? やる気が出てきたのは笑
重陽の節句の儀式?は9月中が猶予期間らしいので、みなさんもぜひやってみて。
・お酒(水でもいい)に菊を散らして呑み交わす
・叶わなさそうなほどでっかい夢を書きしたためる(動機も書き添える)
・仲間で書いた夢を語り合う
だそうです。
それはともかく、ここ5年ほど冥王星が自分にとってはキツイ方角にあったのが10月末にはとうとう完全に外れるのです。
冥王星の影響は個人レベルでは自覚できないと言われてるんだけど、いやいやビンビン届いてる。
実家を立て直したときの神懸かりは冥王星が良い角度からサポートしてくれてたから。
再び‘良い角度’に向けて運行してくれるからには、叶いそうにないことに挑む気力を注いでくれるハズ。
重陽&冥王星パワー楽しみです。
ところで西洋占星術の視点では、
つい4日前、新月でしたね。これからの1ヶ月は「お片付け月間」、手放したり整えたい衝動に駆られたら大正解。
1年のうちで掃除気分が最高潮になるタイミングです。逃さず、気分の赴くままに身辺整理に勤しんでくださいね。
東洋だったり西洋だったりどっちなん?っと思われるかもしれませんが、どちらも何かしらを言い当ててる。
見てる側面が違うだけなので、両方を意識してみたら良いのです。
目標ばっかり立ててるようですが、その習慣がビジョンを描く回路を太くするんです。
叶ってる図が見えたら、それはもう実現するエスカレーターに乗ったも同然。
やってみてね。
ふと、気づいたんだけど、同世代さんたちの‘生まれの冥王星’に太陽が差し掛かる季節です。
同世代の皆様もここ数日なにかしら「ちゃぶ台返し」の衝動に駆られてたりするんだろうか?
私の場合、淀みに浮かぶうたかたみたいな生活終わらせろーって発作が起きた訳だけど、現れ方は人それぞれ。
変わりたい欲求が起きたなら乗っかっといてくださいね!




