見ないフリする方が楽なんだもん
だって、見たくないしw
「見て見ぬフリ」
この言葉、よーく考えてみ?
見てから、敢えて見ないフリをすんの
ってことはだよ?
実は既に、見えちゃってんのよね
コッソリ太ったこととかさ
気付きたくないし、認めたくないからさ
最近、むくみが酷くて―、とか、
これぐらいの増量は許容範囲!、とか
アレコレ「理由という名の言い訳」をして、
太った事実を隠蔽する。
それはまぁ、見事なまでのスルースキル。
でもさ、わかってんのよ、太ったこと。
自分が1番わかってる。
そして、
太ってる今の自分に対して
そこはかとない罪悪感を感じながら、
満腹になふまでお腹いっぱい食べて、
また太る。
はい、悪循環(´◉ω◉` )
…ココまでは例え話ね。
「太ったこと」をさ、
『子どもの不登校』に置き換えてごらん?
実は「子どもの不登校」というフィルターを通して
もう見えちゃってる事、あるんじゃない?
子どもを手元から放したくない
子どもを外の世界に出したくない
子どもをコントロールしたい
ワタシが不幸なフリをしたい
育児に悩むママでいたい
旦那さんの興味関心を惹きたい
自分の知らない不登校の世界が見たいだけ
色々、出てくると思うよ
周りに心配されてる子どもが、ホントは羨ましい
って思う人もいるかもね
別に、ソレはソレで構わないんだけど。
今は見たくないと思ってるからさ、
こういう話をしてもピンと来ないかもしれない。
大体、
幼少期の経験・傷・痛み・ツラさが
トリガーになってるからさ、
なかなか思い出せないこともあるしね
でもさ、確実にあるのよ
ココロに傷が。
治療もせず、放置して、化膿したココロの傷痕が
今でも心にザックリ残ってるの
いわば、古傷。
そのココロの傷が今でも痛むから、
『違和感』として、痛い。
その傷跡をキレイに治していくには、
真っ正面からココロの傷の状態を確認しなきゃ。
確認して、然るべき処置をして、
キレイな状態に戻さなきゃ、
いつまでも同じようなことを繰り返す。
太る、とか、不登校とか、
事象を変えて、いつまでも痛む。
少しずつでいいよ。
ちょっとやそっとて治るような、
軽い傷じゃないでしょ。
だから、いつまでも痛いんだもん。
今からでもいいから
違和感というココロの傷を見て、
しっかり治す。
⇧
コレが、自分を見ることに繋がるのよ
怖いけどね。やってごらん♪
1人じゃ怖ければ、
ワタシに頼ってください。
ソレもコレも、大きな1歩👣











