アメリカの旅③ アンドーバー・ボストン 🇺🇸
バーモント州のラットランドから、マサチューセッツ州アンドーバーへ向かいました。
それもバスで3時間あまり。
なかなか移動の多い旅です。
ここには、新島襄がアメリカで最初に学んだ フィリップス・アカデミー があります。
新島襄は10代の頃、蘭学や英語を学び始め、海外で学ぶことを強く望みました。
当時は出国が禁じられていたため、函館から命がけで船に乗りこみ、まず上海へ。
上海でアメリカ船、ようやくワイルド・ローバー号に乗せてもらったのです。
約1年に及ぶ長い航海を経てボストンに着いたものの、上陸には身元引受人が必要でした。
その時に手を差し伸べたのが、船主であり資産家、そして敬虔なクリスチャンだった ハーディー氏 です。
新島はボストンでハーディー夫妻に迎え入れられ、4人の息子とともに実の子のように育てられました。
夫妻は生涯にわたり新島を支え続け、そのご縁から新島は名門フィリップス・アカデミーで学び、この学校のチャペルで洗礼を受けることになります。
そして、次にアーモスト大学へと進学していきました。(大学卒業後、フィリップス神学校でも学んでいます。)
今回の旅では、旧ハーディー邸やゆかりのある オールド・サウス教会、そしてフィリップス・アカデミーを訪れました。
旧ハーディー邸は、ボストンの一等地にある地下1階・地上4階の大きな邸宅。
日本から来た若き新島襄は、この豪邸の扉をどんな思いでくぐったのでしょう。
ハーディー氏ゆかりの教会でもあるオールド・サウス教会では、新島襄と妻・八重の写真が壁に施されています。また、最近設置された、教会にとって大切な人物として、オブジェには新島の名も刻まれていました。
教会を訪れた私たちも一人ひとり、ろうそくに火を灯し、祈りを捧げる時間をいただきました。
新島が異国の地で受けた大きな愛とサポート。
その姿に触れることで、同志社の建学の精神「人一人ハ大切ナリ」がどこから生まれたのかを体感できたように思います。
19歳の夏を過ごした懐かしいアーモスト大学の再訪に加え、この年齢だからこそ感じられる学びもあり、心に残る時間でした。
【恩人であるハーディー氏の胸像】
これまで、あまり歴史に興味はなかったのですが、
今回の旅で、もっと新島襄のこと、ハーディー夫妻のことを知りたいと思っています。
それは歴史というより、その人の生き方を知りたいという気持ちですね。
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