昨日の午後は、愛媛県臨床心理士会創立20周年記念シンポジウム
「こころの傷と癒し~天童作品と心理臨床~」
という講演会に行って来ました。
フェイスブックのお友達からの情報で知り、好奇心のアンテナがびびっときたのです

元々「こころ」には興味がある。そのような現場でお仕事なさっている方のお話を伺える貴重な機会、それに天童荒太さんにお会いできる!ミーハー心もうずきました

パネリストは、臨床現場でご活躍されている方々です。
スクールカウンセラーで被災地での活動にも度々従事された方、牧師でもあり事件・事故など被害者の心の救済活動も長年されている幼稚園の園長先生、それに児童相談の現場の方。
それぞれの立場で語るお話はどれもが重く、考えさせられる内容でした。
天童さんのお話は特に印象的でした。
「心」を扱った本を良くお書きになるそうですが、ご自身が問題を抱えた主人公になりきって、本が完成するまでの数年間、実生活を送るそうです。
「永遠の仔」であれば、虐待を受ける子供など。。外に出るのが怖くなったり、食事もろくに出来なかったりと、ご自身の家族まで巻き込んで数年間凄まじい生活を送るそうです。
それでもやっとの想いで無事生還し、本は世に出され、真に迫った内容に感動した読者から感謝の手紙が届くそうです。
自分の心の代弁者であったり、自殺を踏みとどまったという内容だったり、生きていく希望を見言い出して行く方が多くいらっしゃるそうです。
天童さんは「自分の役割」とおっしゃっていました。
もっと軽いノリの小説も書きたくなるけど、それは他に人にお任せして、他の人がしないことを書く。そうやってでも誰かを救いたいお気持ちが強いのですね。
また人は「肯定感」に生きる価値や愛を感じると。
認め、褒め、声を掛け、だまって聞き。。。
そんなことで人は「生きている。生きてていいんだ」と感じることが出来る。
心に傷を負っていない人は殆どいない。大なり小なり誰にでも傷はある。
深ければ深いほど、その傷は繰り返されるかも知れないけれど、そんなことも肯定しながら自分の心、人の心も大切にしたいなと思います。
愛することで”損”をすべて引き受け、それこそ無償の愛で自分を守ってくれる人は、なんと言っても両親。損をすることを厭わないのだと、天童さんはおっしゃっていました。
改めて自分の両親を想うと感謝の気持ちが胸いっぱいに広がり、また生きて元気でいてくれることに、この上ない喜びも感じます。失うこと、考えにくいです。
なんだか取り留めのない内容になってきました

家族というのはやはり社会の縮図の原型で、身の回りの小さなコミューンから愛を広げていけたら。
認め、褒め、声を掛け、だまって聞き。。。そんなことをより意識して生活して行けたら、平和という文字が嘘ではないとわかるのかも知れませんね。
最後に、「迷う」ことはいいことだともおっしゃていました。
それが個性であり人間の豊かさであると。
天童さんらしい”愛あふれる贈り物”みたいな言葉でした。
素晴らしい機会に恵まれて本当に良かったです

ホールを出ると、青空や雲が夕日を受けてキレイな色に染まり始めていました

