私は昔から人生に対して諦観というか、子供の頃から長生きしたくないと思っていたり、なかなか人を好きになれず、デートはしても深い恋愛は全くできなかったり、色々なことを諦めてしまいます。
人間関係もリセット癖があって、もういいやって、縁を切ってしまうため、友達もゼロで彼氏も最近別れてからいませんちなみに一人でいることが快適で好きです
特に今後の人生でやりたいこともないし、できれば速やかに天国に行きたいと思ってしまいます笑(思い詰めてるわけではなく、子供のころからずっとこんな感じ)
母を悲しませたくないとは思いますが....
この諦め感、改善できるものでしょうか。
楽しい人生送ってみたいとは思いますが、方法が思いつきません。
こうして相談しているということは私は本当は生き生きとしていたいのでしょうね....
こうして相談しているということは私は本当は生き生きとしていたいのでしょうね....
諦めかかっていますが。。笑 悪あがきですね。
変な相談ですが、どうぞよろしくお願いいたします!
変な相談ですが、どうぞよろしくお願いいたします!
今朝起きて最初に開いたメッセージ。お悩み相談はメッセージを頂いた順番でなくピンッときたものからお答えしていきます
先週、車を運転していてフッと頭に降りてきた言葉ですが...
人間とは絶望の淵で踊り続けている存在である
って思ったのです
人間には三種類いて...
1 踊る事が楽しくて楽しくて、自分の側にある絶望ですら目に入らないタイプ
2 踊りながらも常に目の端に絶望のカケラを認識してしまう。だからリズムに合わせ踊りながらも時に絶望に囚われてしまうタイプ
3 1と2の混合タイプ。楽しく踊れる時と絶望に引っ張られる時を交互に繰り返しす
この(絶望)という比喩の中には、
死でも病でも、自分の思い通りにならないままならない感情、好きな相手と別れなければならない悲しみ、年老いる事に対する漠然とした不安感でもお金の不安でも何でも...
まあ自分の思い通りにならないダークでネガティブな事象を入れて頂ければ...
要はどんなに幸せに生きようが地上に生きる我々は人間が根源的に持つ絶望、不安からは完璧には逃れられない、常にそのすぐ隣で踊っている生き物だという事
そして上記に上げた1-3のパターン
その違いは体質や性格によって異なる事をまず理解する。
ワタクシの例でいくと...
ワタクシはおそらく2の常に絶望を目の角に入れているタイプです。
ワタクシの様なタイプが無理に1の絶望を無かった事にして、楽しく踊って生きるのは実は性格的にとても息苦しい
しっかり絶望を直視しながらもそれなりに身体を動かし続けて生きる以外の道はないと考えます
逆に(絶望の淵で踊る自分)をしっかり両眼を開けてみつめると...
一種の爽快感、潔く自分で生きよう
みたいな希望と安心感が湧いてくるんですよね
不思議と...
絶対に逃れられない絶望とワタクシは背中合わせで生きてるけど...
まあ私はこの絶望を飼い慣らすことも出来るしここから逃れようとジタバタせんでええやん...って
このメッセージを下さった方
多分 ワタクシと非常に似たタイプだと思います


今更...楽しくブイブイ踊りまくってたら人生絶好調のうちに終わったわ〜
あ〜楽しかった

みたいな性格に変化する事はないです
(断言します
)
一生懸命自分を粉飾した所で(諦観した自分)と背中合わせに生きる事からは逃れられない...
だったらそういう自分を丸ごと受け入れちゃって自分はこういう人間だわ...って納得した方が安心して生きられる
ワタクシは絶望感が酷く出る時は...
敢えて言葉に出して(あ〜最悪なのがきたよ
)みたいな感じで言います。
娘達に(あ〜ママ 今 最悪なんだよ
)みたいな感じで言ってそういうジタバタする自分の事を笑う
様な感じで見る様にしてます
ですから...
このメッセージくださった方も
(あ〜諦め癖キタキタ!
今回はどんなパターンかなぁ〜
)
みたいな感じで客観視する癖をつけるとそこまで深刻にはならないのかなぁって思います
こちら も参考になるかな...
(孤独 恐怖 不安 そして人生の魔法とは)
この様な感性で生きる人って実は凄くいっぱいいる様な気がします
(不安を抱きしめて生きる事はエレガントに生きること)
人生とは自分がコントロール出来る部分と自分のコントロール出来ない部分(天候、他人の感情、社会情勢、病、生死など)に間で微妙なバランスを保つ作業である。
ここには不幸、不安、ストレス、苦難、死、憎悪、狂気が至福、喜び、幸福、生、愛と並列してあるのが当たり前の世界である。
これらの事に良/悪のレッテルを貼って良だけすくい取って人生を終える事は到底出来ない。
どうせ我々は一生終わらないモグラ叩きを続けるのなら、モグラを制圧する事に命をかけるよりモグラを餌付けして愛でるぐらいの余裕をかましたい所である。
私はエレガントに生きる人が好き
恐怖、不安、愛憎、執着、嫉妬、狂気、至福、歓喜、愛情 人生のあらゆる局面で出てくる全てをひっくるめて飲み込んだ上で、涼しい顔して笑っているぐらいの余裕を人はエレガンスと呼ぶのかもしれないね...
こういう全てを飲み込んだ人はひたすらに優しい

