「しかし、私は言う、悪人に逆らってはならない。」


福音的「無抵抗主義」。


選択は、戦うか戦わぬかにあるのではない。


それは、戦うか忍ぶかにある。


苦しみを忍ぶことによって、勝利を博すること。


戦いは、表面的勝利をもたらす。


だがこの勝利は、むなしさと幻影にすぎない。


最高の現実は、イエズスだからである。


無抵抗主義者の忍ぶ苦しみは、このイエズスという最高の現実を、高らかに宣言する。


したがって、これこそ真の勝利である。


弟子たちが二ふりの剣を差し出したとき、イエズスは、「もう十分だ」と言われる。


弟子たちは、「剣を持たない者は、衣服を売って、これを買え」という、イエズスのみ言葉の意味を悟らなかった。


その意味とは、こうである。


悪者の襲撃に注意を集中して当たるには、一番必要とと思われるものさえ、犠牲にすべきときがあるということである。

 

著書「救い主に注ぐ単純なまなざしJESUSU」より抜粋

 

カトリックでは、「カテキズム」の中に戦争を認める記述があるので、一定の条件の下では武力行使を承認するのでしょう。


私たちも「剣を持たない者は、衣服を売って、これを買え」という御言葉でイエズスも武力を認めていると思いがちです。


この本に書いてある無抵抗主義に何人のクリスチャンが賛同し実行できるのでしょうか。ショボーン

 

 

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