俗っぽい重苦しい笑い、人の心を刺す当てこすったような笑い。

 

このような笑いは、福音書が描く救い主のみ姿とは、全く相容れない。

 

弟子たちに向かって、イエズスは決して、「笑え」とは言われない。

 

だが、迫害を前にしてさえ、「喜び躍れ」と言われる。

 

喜び躍る。

 

イエズスを通して伝えられる溌剌とした喜びから生じる、この振動、この躍動。

 

これは、野卑な笑いとは、全然別世界のものである。

 

 だが、イエズスが、みもとに招かれた幼子らに、ほほえみかけられなかったとは、考えられない。

 

また、時と場合に応じて、人を暖かく迎え、招くようなほほえみを浮かべられなかったとは思えない。

 

著書「救い主に注ぐ単純なまなざしJESUSU」より抜粋

 

 

私たちは、時に人を傷つける笑いをしてしまうことがあります。

 

ほほえみと笑いの違いを心に留めておきたい。

 

 

 

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