これまで手紙の著者は使徒ペテロであり、

 

その殉教(64年ごろ)の前に、ローマで書かれたと考えられて来ました。

 

しかし、19世紀になって、手紙の著者が議論されるようになり、

 

正真性が否定されるようになりました。

 

否定の根拠は、小アジアのキリスト者が受けていた迫害の問題です。

 

95年ごろまで官憲による公の迫害がなかったことにより正真性が否定されているのです。

 

だったら、誰が書いたのでしょうか?

 

ペテロと親しかったシルワノが全てを書いたのでしょうか?

 

また、使徒ペテロの死後、ローマの教会がペテロと親しかったシルワノに依頼して、

 

この手紙を書かせたという見解もあります。

 

この場合、書かれたのは67年ごろと推定されています。

 

いずれにしても、本当のことは分かりません。ニコニコ

 

 

今日も暑いですね。

 

新聞に出てました。

 

酷暑日 40度以上

 

猛暑日 35度以上

 

真夏日 30度以上

 

夏日  25度以上

 

そうすると今日は、猛暑日と言うことでしょうか。グラサン

 

 

 

 

 

 

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