愛は本来自分を救おうとするものではない。
人を救うことだけしか思わない。
イエスの「極みまでの愛」とは
「極みさえも知らぬ極みの愛」なのである 。
「極みまで」とはそのことを言う。
 無限の愛の無限とは、文字通り
「限りがない」と解釈するしかない。
イエスの絶対愛とはそのことである。
 自分を救うことなど念頭にさらさらない。
あるのは、愛する他者を救うことだけ。
「自分を救う」ということを
考える余地が全くない愛が
キリストの愛だった。
真の愛、極みの愛というのは、
自分を救えない愛である。
「他人は救ったのに自分は救えないのか」
と言う祭司長や律法学者たちの
嘲弄の言葉そのものが
正しくイエスの愛の本質を顕現する。
 
奥村一郎著  神とあそぶより抜粋
 
神様しか持つことが出来ない愛。
再認識しました。
 
主よ、憐れみたまえ❗️