旧料亭をリノベーションし現在でもお食事処に

場所・ 福井県勝山市本町2丁目6−21

電話・ 090−7650−3915 HPあり
      火曜から土曜日受付 

創業・ 旧料亭は明治30年〜平成11年廃業
    再開後は平成29年4月 「食と文化の駅」として

竣工・ 明治34年(1904) 大正4年増築

構造・ 木造2階建て

営業・ 11〜14時30分 2階は完全予約制
     (水)・年末年始 休み *当時の情報

メニュー・ おろしそば 660円より *当時の御値段

最終訪問・ 2025.03 外観のみ

*国・登録有形文化財

福井県東部の山沿いの城下町、勝山市の料亭街に残る旧料亭建築です門松
こちらは、平成29年4月に「食と文化の駅」として生まれ変わったので、現在でもランチや、予約制でお膳料理なども楽しめますおせち



ここは、
近くの旅館「板甚」に宿泊した際に、朝の散歩で周辺を歩いていたら、偶然、見つけました(3月でも気温1度)チョコがけハート
 

朝に周囲を1人で散歩中(旦那はふとん1)これは!?

 

この周辺にも大清水(おおしょうず)があったり、料亭が他にもあったり、旧眼科の洋館があったりと色々と発見があり、とても嬉しかったですラブ

水路の向こうには洋館がびっくりマーク


「旧料亭 花月楼」(中村家住宅主屋)は、明治30年創業で、かつて花街として栄えた河原町通りに建ち、現在の建物は
明治37年(1904)に建てられましたハート
お料理・角吉の支店として店を構え、経営は「角吉良兵衛」が当たっていましたお父さん

現在も看板や旗があるので営業中


その後、料理旅館として姿を変え、昭和30年頃に「花月楼」と名前を改名しましたおせち
平成11年に廃業しましたが、平成29年には現在の「食と文化の駅」となりましたおねがい

 

山間の町なので、3月でも雪が残る 



「花月楼」のある河原町は河原町通りとも呼ばれ、
明治以降は花街として栄えました義理チョコ
 

側面 

 

またこの付近は遊郭や貸席、飲み屋が並び、経済界や財政界の人だけでなく、近郷在住の人々が集まり、一晩で百人くらいの人でにぎわったとされ「百人町」という呼び名も拍手

 

内部はこんな素晴らしい意匠だそう



かつて
勝山は繊維業で栄えた町であり、多くの宴会が開かれたといいます(景気がよさそうでいい時代だなあ)日本酒
当時の繁栄を象徴する建物で、当時の面影を残しながら改修されましたラブ

 

 

当時は、たばこ産業・製糸産業もあり、現在は静かなこの山間の城下町にも、産業で潤った豊かな時代があったのです札束
日本は貧しかったけれども、明治時代は国内で生産・消費が行われていた時代は、国内産業で潤っていたし、ある意味、豊かで幸せだったのかも知れませんガーン

大清水 雪深い地ならではの湧水 


海外との価格競争、産業での競争、人件費の安さの競争が始まった戦後、海外の競争に巻き込まれ、石油や食料も海外に大きく依存し影響も大きく、現在のような状況に陥ったわけで、果たして物は豊かになったが少子化、日本は幸せになったのか!?

 

時代がかった防火用水 

 

話がそれましたが、現在の建物は、木造2階建て、入り母屋造り桟瓦葺き、南側の棟は大正4年に増築されましたチョコがけハート

1階には客間として8畳間が3室、20畳の大広間が1室、2階には10畳の座敷2室、8畳間が4室、32畳の大広間が設けられていましたハート

 

雪山を背景に 



特に32畳の大広間は、幅2間半の床を設け、
天井は意匠的にも優れた傘天井になってます雨
また、芸子の控えの間や帳場として使われた部屋があるのも料亭ならではお母さん

 

周辺の町並み

 

現在の勝山は、恐竜で町おこしをしていますが、こういった歴史の見どころもあるのですねハート

勝山市のマンホール 恐竜の足跡 


今回は朝だったので外観のみでしたが、いつかまたお昼の時間に勝山に来れるときがあれば、内部に入って見てみたいものですルンルン                  
旅って、次から次へと気になるものに出会ってしまうので、キリがないですねガーン

料亭・建築・傘天井好きの方にもおススメです♪

 

                  *

 

2010年に勝山市に行った時の記事