600年の歴史ある神社で二の丸跡の高台にある

場所・ 茨城県常陸太田市宮本町2344

電話・ 0294−72−0868 Hpあり

創建・ 応永年間 (1400年頃)

竣工・ 東日本大震災後の修復 

構造・ 木造平屋建て 石造明神系鳥居

祭神・ おおささぎのみこと 仁徳天皇 倉稲魂命

社務所・ あり

祭礼・ 5月14日 1・2・5・6・9・12月にもある

境内社・ 北野天神社・市比売神社・足尾神社・愛宕神社・別雷神社・富士神社・淡島神社

最終訪問・ 2024.03

茨城県北部の内陸部にある城下町、常陸太田市の鯨が丘にあり戦国大名の佐竹氏の居城の太田城の二の丸跡にある高台の神社です神社

 

神社よりの眺め かつての城からの風景 

 

常陸太田市は、中心市街地が2段にわかれており、高台の方の平地にこの神社はあるのですが、神社の境内から下の段の町を見ると、かなりの高台にあることがわかりますびっくり

社頭 


この神社は、応永年間(1400年頃)に、常陸佐竹氏の佐竹義仁公が鎌倉の鶴岡八幡宮より勧請し居城・青竜城(舞鶴城)中に若宮八幡宮・稲荷大明神両社を奉斎し、佐竹氏代々の祈願所でしたお願い

 

元禄5年(1692)には水戸光圀公の命で太田一郷の鎮守とされましたキラキラ

境内 大きなご神木が目立つ 


太田稲荷神社は1000年の歴史があり、宝永5年(1708)には両社を居城の地より二の丸の現在地に造営・奉斎しました神社
由緒深い太田稲荷神社が百年ぶりで本殿の復興を見て、この地方の稲荷信仰の中心神社として霊験あらたかですキラキラ

参道 


祭神は「おおさぎのみこと」と「応仁天皇」で、「若宮」というのはこの天皇の祭神から来ているのでしょうねまじかるクラウン
境内には、本殿・拝殿・神楽殿・神門・大鳥居・瑞垣・神輿蔵等がありますが、東日本大震災で大きな被害を受けた後、少しずつ復旧工事中ですアセアセ

神門 


また、境内には石玉垣が東京を始め全国に渡る300名以上の太田通称の崇拝者ならびに氏子から奉納されたもので、かつては
商人の町として栄えていた太田の町の歴史を伝えていますキラキラ

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今回は、ここを見つけることができたのは、旦那が街を走っていて見つけてくれたので行くことができましたチョコがけハート
なかなかの大きな神社で、参道にはご神木が張り出すように生えていますびっくり

 

 

境内は古くて見ごたえがあり、立派な拝殿や本殿ですが、東日本大震災で震度6の揺れに襲われたのですねアセアセ
それも乗り越えた境内は、13年後にはすっかりと復興されていましたキラキラ

拝殿 


私が北茨城といわき市を訪れた数日後には、またも震度5弱の揺れに襲われたそうで、大変な地域ですが、さすがの関東だけあり、人が多く栄えていましたキラキラ
神社の方は他に1名の参拝者がいたのみで、静かに参拝することができましたお願い

 


お神酒の奉納 御岩神社にも同じのあったな


戦国時代から約600年の歴史がある神社には、稲荷神社を始め多くの境内社もあり、このあたりの信仰の中心ですね拍手

向拝 扁額 唐破風の彫刻も素晴らしい

 

城下町には八幡神社というのも定番ですが、北茨城でも高萩でも八幡神社だったので、この辺は中心的な神社が八幡様な傾向があるのかも知れませんびっくり

 

 

東北の関、蝦夷への備え、北部の武将の反乱備えとしても常陸国の北部は守りを厚くし、城下町が多いのかも知れませんグッ

関東への入り口の茨城には親戚の水戸徳川家を配置し、安心材料としておねがい

 

本殿



伊達氏や津軽氏、南部氏も強いですからねーガーン
(特に伊達氏はもう少し早く生まれていたら、徳川や豊臣の脅威だったとか)

 

偶然でも大きな神社に参拝することができて良かったです乙女のトキメキ
常陸太田市に来られた際は、参拝されてみてはいかがでしょうか?

八幡様・若宮神社様・稲荷神社様好きの方にもおススメです♪

 

 

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