★古代より栄える一之宮で東国三社の国宝神社で勝負の神様★
場所・ 茨城県鹿嶋市宮中2306−1
電話・ 0299−82−1209 HPあり
創建・ 2000年以上前 神代の時代
竣工・ 江戸時代 本殿・拝殿・楼門など 元和5年・寛永11年など
大鳥居 平成26年6月1日
構造・ 木造 三間社流れ造り 石造 明神系鳥居
祭神・ タケミカヅチノオオカミ
社務所・ あり 御朱印・御祈祷・結婚式・七五三・授与所あり
境内社・ 熱田社 大黒社 高房社 御厨社 祖霊社 遥拝社
三笠社 稲荷社 須賀社 熊野社 祝詞社 津東西社
祭礼・ 9月1日 12年に1度「御船祭り」年間90あり
最終訪問・ 2023.11
*国・重要文化財 (社殿・楼門)*茨城県・天然記念物 *国宝
茨城県南部の太平洋に面した鹿嶋市にある常陸国一之宮で東国三社の古社です![]()
創建は2000年以上前の神代の時代といわれ、天照皇大神の命で香取神宮の御祭神である経津主大神とともに出雲に出向き、大国主と話し合い国譲りの交渉を成就し、日本の建国に挺身されました![]()

鹿島神宮創建の歴史は神武天皇の時代にさかのぼります![]()
神武天皇は東国遠征の際に思わぬ窮地に追い込まれましたが、タケミカヅチノオオカミの剣により救われました![]()
日本三大楼門 徳川家の寄進 国・重文
このことに大変感謝をした神武天皇は、大神をこの地に勅祭されたといいます![]()
その後、古くは東国遠征の拠点として重要な祭祀が行われるようになり、やがて奈良、平安の頃には国の守護神として篤く信仰されるようになりました![]()
そして中世から戦国の時代になると、源頼朝や徳川家康などの武将の崇拝を集めるようになり、武神として信仰されました![]()
拝殿 徳川家の寄進

現在の社殿は徳川2代の秀忠により、また奥宮は徳川家康、楼門は水戸藩主徳川頼房により奉納されたもので、いずれも国の重要文化財に指定されています![]()
「日本3大楼門」に指定されている楼門は、高さ約13m、寛永11年(1634)に、水戸初代藩主の頼房公により奉納されました![]()

本殿・石の間・拝殿・幣殿の4棟からなる建物は、元和5年(1619)、徳川2代将軍の秀忠公が奉納したものです![]()
本殿は参道から見て1番奥にある三間社流れ造りで、タケミカヅチノオオカミを祀っています![]()
なんだがデザインも和モダンでかっこいい
武徳殿は戦時中の昭和17年に修養道場として設置されたものを引き継いでいます![]()
樹叢は、茨城県の天然記念物で600種もの種類の木があり、それぞれ生育南限と北限の木が混在しています![]()
奥参道は奥宮に向かって伸びる300mの参道でうっそうとした巨木に覆われ、荘厳な雰囲気があります![]()
各種時代劇のロケ地や5月1日には流鏑馬行事もあるそうです![]()

鹿苑は鹿が国譲りの神話において、鹿の神である天迦久神が天照皇大神の命をタケミカヅチノオオカミに伝える重要な役目を果たしたことから、現在でも鹿が神の使いとして大切にされています![]()
本殿 徳川家の寄進 国・重文
また、奈良に春日大社を創建する際も、鹿島の神様の御分霊を鹿の背中に載せてお遷ししたことから、その道中には江戸川区の「鹿骨」などの地名が今でも残ります![]()
お神酒の奉納

・国宝 日本最古で最大の剣![]()
神武天皇の東国遠征の際のピンチを救ったといわれるタケミカヅチノオオカミの剣
(実物があるのはすごいが、伝説ではなく本当の話なのか)
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