〜堀之内地区〜
★地域の子連れ様に愛されている雪に埋もれたお伊勢様★
場所・ 新潟県魚沼市堀之内347
創建・ 正平16年(1361)
竣工・ 古め
構造・ 木造 神明造り、銅板張り神明系鳥居
祭神・ 天照大神・豊受大神・猿田彦命
祭日・ 旧暦の6月15日 祇園祭、10月1日 お神送り、11月1日 お神迎え
社務所・ ありそうだが謎
最終訪問・ 2021.02
魚沼市の堀之内地区の商店街、かつての旧三国街道に面した大きめな鎮守様![]()
皇大神宮は、正平十六年(1361)の草創ともいわれ
御師(おし)の一志太夫(いっしだゆう、三重県伊勢市一志町)の勧請と伝えられます![]()
伊勢神宮の遥拝所として、古くから近郷近在の崇敬をあつめてきました![]()
祭神は天照大神と豊受大神であり、猿田彦命も祭られます![]()
例祭は旧暦の六月十五日と十月一日、十一月一日です![]()
六月の例祭は「祇園祭」と呼ばれ、太々神楽が奉納され法楽芝居も催されました![]()
また、十月と十一月の例祭は「お神送り」「お神迎え」と称されます![]()
この神無月にあたり、出雲の神に縁結びを願う人々でにぎわってきたそうです(お伊勢さんだけど出雲も信仰か)![]()
中世期には、越後守護・上杉家の厚い信仰が寄せられ、その祈願所であったといいます![]()
上杉家は関ケ原の合戦に敗れ、会津若松から出羽米沢へ移封されましたが、一志太夫もそれに同行しました![]()
彼の地には、堀之内から分祀された皇大神社が祭られます(去年、行ったので記事あり)![]()
江戸時代、堀之内の皇大神宮・御旅屋(おたや、社務所)には一志太夫の代官が駐在しました![]()
その建物は伊勢屋とも呼ばれ旅籠も兼ねて宿場町としての機能を担っていました![]()
参道 雪が両側に2m かつては伊勢屋で宿だったのか
そのころ、御旅屋では、伊勢参宮を夢見る人たちの醵金によって伊勢講が営まれていたそうです![]()
くじ引きに当たった人は「神慮のおかげ」と言って喜んだといいます(「やったー、人生に一度の旅ができる
」みたいな)![]()
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ここが魚沼市の私の最初の神社で、国道17号より、堀之内の商店街に入って来ました![]()
当日は豪雪の後の晴れた日曜日だったので、宿場時代からありそうな古い町屋の雪下ろしをしている場面も見ました![]()
旧三国街道 堀之内宿 雪下ろしの場面
冬の魚沼らしい風景をさっそく見られたし、古い町家も雪の重みでつぶれないように管理されているんだなあ、と思いました![]()
この皇大神社は、「堀之内のお伊勢さん」的な役割で、神明系です![]()
今から600年以上前に、旧三国街道を通って、伊勢御師の方たちが来て、神社を勧請していったようですね(神社の勢力争いか、文化の伝導か)![]()
伊勢信仰って、こうして全国に広められて行ったんですね![]()
そして、この「皇大神社」、私は上杉家について山形県米沢市まで移転して行った方もこの1年前に参拝したので、
ここで「あの神社かー
」と繋がって嬉しかったです![]()
元がこちらの神社なようですね![]()
越後時代の上杉家にも信仰された神社のようです![]()
当日は、街道から神社の参道になっている「伊勢小路」の方を通って神社へ向かいましたが、後ろから孫連れのおばあさんがやってきて、にぎやかになってしまい、ゆっくり参拝はできず、早目に別の正門の方から出させて頂きました![]()
一方通行で、別の場所に抜けられる造りになっており、便利な造りでした![]()
境内は雪に埋もれて、拝殿の前には人間用のトンネルが設置されていました![]()
これなら上から落ちて来る雪からの安全を確保されながら参拝が安心してできますね![]()
冬ならではの風景が見れて良かったですが、大雪すぎて神社の全容がよくわからないという![]()
拝殿は古そうな感じで雰囲気がありました![]()
神社を出ても、商店街には子連れしか歩いていず、堀之内の少子化は大丈夫だけど、大きくなると出て行くんだろうなあ、と思いました![]()
この親たちのように、地元で結婚すれば良いかもですかね![]()
このように、普通の冬の日曜日でも地域の子連れが参拝に来るような、地域に親しまれている神社でした![]()
祭神は天照大御神や稲荷系、伊勢系の猿田彦系と、農村にピッタリな神社でした![]()
堀之内に来られたら、八幡様と共に参拝されると良い鎮守様だと思います![]()
お伊勢さん・宿場町・散策好きの方にもおススメです♪









