蔵をシンボルにしたまちづくりへ、内蔵の公開も始まった

場所・ 秋田県横手市増田町増田

電話・ 横手市観光協会 0182-33-7111

竣工・ 江戸時代以降

構造・ 木造2~3階建て 土蔵が中にある

最終訪問・ 2010.09

*BS「にっぽん原風景紀行」で紹介

 

*国・重要伝統的建造物群保存地区

秋田県南部の内陸部にあり市町村合併で横手市に編入された豪雪の町です雪だるま
成瀬川、皆瀬川の谷口に位置し、中世、増田城が築かれ市が立ちました乙女のトキメキ


城は元和2年(1616)に廃城となりましたが、近世、在郷町として発展しました上矢印

酒蔵業が興り、市も寛政期には九斎市へ発展し、そして今日に至ります日本酒

近世後期から周辺で葉煙草や繭の生産が盛んになり、その集積、加工地として栄えましたタバコ
この町の勢いは明治にも引き継がれます乙女のトキメキ


いち早く商人地主を形成するとともに、明治28年(1895)の増田銀行設立、明治43年(1910)の「増田電気株式会社」の設立など、起業が盛んになっていきました上矢印
 

この「旧増田銀行」は現「北都銀行」の前身で大正初期に栄えていた吉乃鉱山がきっかけだそうです富士山


また「増田電気株式会社」電気会社は秋田県中に送電を行っていたそうですキラキラ
現在では横手市に吸収されてしまいましたが、その時代はかなり栄えていた様子が想像されますラブラブ
 

横手ー湯沢間を残すだけとなっていた奥羽本線は明治38年(1905)に開通しましたが、町は十文字からトーテ馬車で結ばれることになりました馬

 


今日、中町、七日町、本町の通りには、下屋を出した切妻屋根の伝統的な商家の建物が多く残りますキラキラ
化粧棟、化粧母屋を突き出した豪壮な妻飾りはかつての繁栄を象徴します乙女のトキメキ


近年、中七日町商店街の通りには「くらしっくロード」というサインや説明サインが掲げられましたウインク
また日の丸醸造本社、勇駒醸造本社などの建物が登録有形文化財となりましたキラキラ


現在、歴史を活かす試みが始まろうとしていますウインク
街中に残る数多くの蔵とともに眠らせてきた歴史が、新たな動きを始めようとしているかのように見えますニコニコ

市内には現在、45棟の蔵が残り中でも「マタロクカメラ店」さんは明治元年築(1867)で内蔵もあります(一番上の画像)カメラ
この家は先祖は地主、地元の名主の家柄でTVでも紹介されましたキラキラ


市内で一番新しい黒漆喰の蔵は「山中家」の内蔵で昭和8年(1933)に建てられ儀式蔵として使用されていましたルンルン
 

家の中に蔵があるというのはさすがは豪雪地、大切な蔵を風雪から守るというのと外気を遮断することで温かさを逃さないという生活の知恵もあったのだと思います乙女のトキメキ
やはり豪雪地の寒さ対策、風雪対策というのは新潟県民は気になるところですウインク

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今回は公開民家がないので蔵は見ることができませんでした
アセアセ
(内蔵の公開は2013年から開始)
蔵は家の中に収納されているので中に入れなければ見ることができません
ガーン


本当は奥に長い造りで主屋の奥には色々な棟があるのですが、表からはわかりませんアセアセ
ですが外から豪壮な木造3階建ての大きな梁のある立派な古民家を見るだけでも十分迫力がありましたルンルン


さすがは豪雪地、頑丈そうな大きな古民家が並びますウインク
中に入れれば本当、風情のある蔵のあるスペースを見ることができるのですがアセアセ
この蔵の中で結婚式などをしたそうですウエディングドレス

残念ながら当時は、ここで撮影した画像は3枚だけのようですガーン


公開が始まった「旧池田理吉邸」 300円 木造3階建て

 

それと増田は内陸部ですが「とろろ昆布」が名産だったそうです波
原料となる乾燥昆布は北前船で運ばれ、その昆布を削る技術があったそうです船
今ではその削りをする方はもう高齢で少なくなり、途絶えるのは時間の問題ですガーン

いつかまた再訪できたら、中に入って見学がしてみたいものですラブラブ
2014年以降は木造3階建ての「旧池田理吉邸」(300円)と無料で内蔵を公開している家が何軒もあるそうです乙女のトキメキ
 

内部は往時の繁栄を彷彿とさせるような豪華な造りになってるそうですラブ
木造3階の3階は大広間になっているそうですおねがい
ここでどんな祝宴が開かれてきたのでしょうか?
内蔵のある家の方も天井が高く蔵も大きく豪壮で迫力があり、とても風情がありますルンルン

古民家・蔵・町歩き好きの方にもオススメです(^^♪