ITALIA・ロンバルディア州・MILANO・「ガッレリア」「OPEN CAFE」
カフェ

 

再びミラノに戻れるおまじないがあり、大人気

場所・ ロンバルディア州ミラノ市

設計・ イタリアの建築家ジュゼッペ・メンゴーニ 1861年

竣工・ 1865~1877年

構造・ 石造、ガラスのアーチと鉄製の屋根

見どころ・ ショッピングやCAFE おまじない

最終訪問・ 2000.07

イタリア北部の工業、ファッション都市、ミラノ市内の中心部にあります音譜
2つのアーケード(8角形の建物に2つのアーケードが交差する)に覆われ、ドゥオーモ広場の北に位置し、ミラノスカラ広場へ通じていますアップ

 

イタリア王国の初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名づけられたこの場所は、最初に1861年にデザインされ、イタリアの建築家ジュゼッペ・メンゴーニによって1865年から1877年の間に建設されましたニコニコ

 

ミラノといえば「ALFA ROMEO」の本社がある工業都市
ロメオ 

「1600 SPIDER 1969年」 (記事)  たくみの里にて


通りはガラスのアーチと鉄製の屋根に覆われており、19世紀のショッピングモール、通俗的なアーケードのデザインです音譜
ガッレリアは巨大なガラス張りのショッピング・アーケードの原型でしたニコニコ
中央の十字路部分はガラス製のドームで覆われています目

 

この八角形のガラスドーム広場の床面には、中央にイタリア王国の紋章、その周囲にミラノ(赤の十字)、トリノ(牡牛)、フィレンツェ(アイリス)、ローマ(SPQR)の紋章が描かれていますおうし座

 

「ミラノ市地下鉄」 ホテルから地下鉄で直接DOMO広場にミラノ 

服のテーマはまたしても「映画の赤髪の場末の娼婦」(爆)
 

トリノの紋章については伝説があり、一部がすり減っています目
これは十字路の交わる付近に青いタイルで囲まれた牡牛のモザイクがあり、その股間部分がやや窪んでいますあせる

 

この窪みに踵を合わせてクルリと一回転(一度に三回転以上出来ると、との説もあり)すると幸せが訪れる、旅行者は再びミラノに戻れる等の言い伝えがありますニコニコ
 

世界遺産「DOMO大聖堂」 1800年代竣工 完成に5世紀 
DOMO
世界最大級のゴシック教会建築 バチカンに続く2位の規模

 

このミラノのガッレリアは、それまであったものよりも大きく釣り合いが取れており、近代的なショッピングモールの発展において重要な一歩を担っていましたグッド!
 

また、建物は「ガッレリア」という言葉の使用を、他のどのショッピングアーケードやモールよりも鼓舞してきていますアップ
また、ガッレリアはミラノのドゥオーモとスカラ座という、ミラノにおける2つの著名な観光地へと繋がっていますべーっだ!

 

「DOMO広場」 大聖堂とガッレリアに面した町の中心
広場
竣工・14~19世紀 17000㎡ ガッレリアと同じ建築家

 


最初の落成から130年以上を経た現在、4階建てのアーケードにはオートクチュール店から書店に至るまでの上品な各種店舗GUCCI、PRADA、LOUIS VITTONなどの高級ファッションブランド店の他、レストラン、カフェ、バーが入居していますカバン
 

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアへ直接つながっているのは、ミラノでも最高級のパーク・ハイアット・ホテルで、都市の中でも最も豪華な(最も高価でもある)部屋と設備を有していますホテル
東京ディズニーランドのワールドバザールはこのガッレリアをモデルに作られています音譜

                         *

このガッレリアを見てどこかで見たことのある方も多いでしょうねひらめき電球
私もこのガッレリアのデザインは東京ディズニーランドぽいなあと思いましたが、原形はこちらなのですねニコニコ

 

この2年後に東京ディズニーランドへ子供の頃以来の再訪をすることになりましたが、やはりここを思い出しましたひらめき電球
歴史の古い建物の多いイタリアですが、ここは比較的150年と新しい部類の名所ですねキラキラ

 

日本で言ったら幕末から明治維新、そんな時代にもうこんな近代的なアーケードがイタリアにはあったなんて、、、

 

「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア」入口
ミラノ1
1877年竣工 DOMO広場から繋がっている
 TDLの原型に


このガッレリアの中は説明通りショッピングモールになっており、私が行ったときもPRADAやGUCCIなどの高級ブランド店やCAFEが入っていましたコーヒー
だって考えてみたらPRADAやGUCCIからしたら本店があるのがこのミラノですし、ミラノコレクションもありますもんねカバン

 

当時、日本でもPRADAは一世を風靡していてここでも黒いナイロンのPRADAのカバンがショーウインドーに展示してありました目
あの頃みんなあの逆三角形のPRADAのプレートの付いた黒いナイロン鞄を持っていて偽物も横行していましたねあせる

 

私はVITTONとかそういうブランドバッグには興味がなく、この旅でも自分で作ったバッグを使用していましたがべーっだ!
だってその方が自分の思い通りのデザインのバッグを持つことが出来ますしにひひ

 

「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア」中心部
ミラノ2
ミラノの観光名所 この床におまじないの場所がある


話がそれましたが、私のこのガッレリアでの思い出はこの旅では初のOPEN CAFEに入ったことコーヒー
なんだか新潟市民からするとこの屋根の付いたアーケードというのは、古町モールみたいで親しみがあるんですよねニコニコ

 

まるでオシャレ度と歴史と場所は違いますがねガーン

ちなみに、このガッレリアにも見られるアーチ状の意匠は「ロンバルディア帯」と言って、この地方の名前を取った意匠名です目
 

「ミラノの高級ブランド店のある通り」 1人で路地裏散策音譜
ミラノ4 

私はブランド物にはデザイン以外は興味ないのでスルー


このときのOPEN CAFEでも私はチーズリゾットを食べてパスタは食べませんでした(ローマのトレビの泉前にあるお店でもリゾットだった、やはり新潟人は米でしょ)ナイフとフォーク
 

ちょうど左隣に座っている日本人のおじさん2人は、そのときに居合わせた「教授」とやらで席が隣になったので話しかけて来ましたワイン
旅先での「教授」というのは本当かどうか眉唾ものですがね、名刺を見たわけでもないですし(笑)

 

意外と普通のサラリーマンの出張のオジサンだったかも知れませんしにひひ
そんな感じでイタリア・ミラノでの初のOPEN CAFEの体験でしたべーっだ!

 

「ミラノの街角風景」 車窓からなのでぶれた汗
ミラノ3

例の「またミラノに戻れる」というようなおまじないのことは知らなかったのか、あえてしなかったのか忘れましたが、このおまじないをしなかったせいか、もうミラノには行けそうにないので貴重な経験となりました音譜

 

これでローマ・フィレンツェ・ミラノと続いたイタリアは終わりで、次のスイスのジュネーブへとユーロトレイルに乗って続きます新幹線

OPEN CAFE・買い物・観光好きの方にもオススメです(^^♪