「北方文化博物館・分館」(旧伊藤邸・別邸) 今でも住みたい和風邸宅
文化

 

石油王から伊藤家へ会津八一の晩年の住家

場所・ 新潟県新潟市中央区南浜通り2番町562

電話・ 025-222-2262

竣工・ 主屋・庭園 明治28年(1895)

    茶室「清行庵」 大正8年(1920)

    洋館 昭和3年(1938)    

構造・ 木造2階建てモルタル造り、土蔵、洋館も 

料金・ 450円 (月)年末、1、2月休み *当時の御値段

営業・ 9時30分~17時 季節で前後

最終訪問・ 2007.02

*国・登録有形文化財

新潟市中央区の高級住宅地、丘の上の古い町並みがある西大畑地区にありますアップ
新潟分館は出雲崎町尼瀬の西山油田の堀削によって巨万の富を得た長岡の清水常作が明治28年に別宅として建てたものですが氏の逝去後、明治末期に6代・伊藤文吉(現・北方文化博物館 本館の当主)が取得しましたグッド!

 

「北方文化博物館」分館 主屋 明治28年築(1895)
分2

明治期の書院造の日本家屋は、趣ある回遊式日本庭園を望む開放的なレイアウト家
大正8年(1920)に茶室が、昭和3年(1928)に洋館が増築されましたアップ

 

「北方文化博物館」分館 主屋 明治28年築(1895)
分6

1階 表座敷 


会津八一は新潟と東京でそれぞれ教員などの仕事をした後に昭和21年(1946)に来県、(元々県内の新発田の豪農・市島家の家系で古町の料亭「会津屋」に生まれる)作家・坂口安吾長兄に頼まれ「夕刊新潟」の社長としてでしたビル


「北方文化博物館」分館 主屋 明治28年築(1895)
分7
1階 奥座敷 庭園に面している 囲炉裏は床下に


ですが当時は戦後の混乱期で住宅事情が悪く坂口氏はやっとのことでこの館を見つけましたあせる
八一は洋館の1階を書斎兼応接室、2階を寝室として使用しましたぐぅぐぅ
彼は伊藤家と早稲田大学の同期という間柄でした学校
彼はここで晩年を過ごし終焉の地となりましたドクロ

             *

今回は私の誕生日のデートで遠距離だった現在の旦那が新潟に来ていたので訪れてみましたラブラブ
ここは新潟市中央区の近代建築散歩の一つとして「砂丘館」「ネルソンの庭(現在はホテル管理)」「旧師範学校」「斎藤邸別邸(記事 )」「料亭・行形亭(いきなりや)」「小沢邸(記事) 」「安吾風の館」(他にも個人の洋館などが点在)などと一緒に訪れたい邸宅です家
このときは2月に訪れることができましたが、現在は冬は閉館している様子です雪

 

「北方文化博物館」分館 日本庭園 

 明治28年築(1895)
分館3
向かいに見えている建物は「斎藤邸 別邸」(公開)


内部は明治期の木造旅館のような良い感じの邸宅になっていますラブラブ
寒さを除けば現在でも十分住めるような落ち着いた趣のある木造建築です家
昔の建物はどうしても断熱材が入ってないとか、隙間風で寒いですよねDASH!

 

「北方文化博物館」分館 洋館 昭和3年(1928)築
分5

1階の表座敷は庭園に面し縁側もあり明るく開放的な造りになっていますクラッカー
雪国らしいのは畳の下に囲炉裏がありますメラメラ


「北方文化博物館」分館 洋館 昭和3年(1928)築
分

ここから2階の洋館に行くとハイカラな可愛い造りになっていて、住みたいくらいの素敵な建物でしたラブラブ
ここが書斎や寝室だったら確かに良いなあ音譜


「北方文化博物館」分館 洋館 昭和3年(1928)築
分9


落ち着いた日本庭園には茶室がありますが、このときは外観見学のみでしたお茶
予約して16000円ほどを支払えば、お茶会などで貸出することができるようです¥


「北方文化博物館」分館 洋館 昭和3年(1928)築
分8

訪れる人もあまりいないので、このときは貸切で落ち着いて見学することができました音譜
ゆったりと座敷などに座って庭園を眺めたり、一休みしてみるのもオススメですグッド!


「北方文化博物館」分館 茶室 大正8年(1920)
分4

一度に茶室、日本庭園、木造邸宅、洋館が見れるので、古い建築好きには楽しい場所だと思いますラブラブ!
明治~昭和初期にかけての近代の新潟市の文化を感じることができるので、ぜひ色々周ってみて下さいあし

邸宅・木造・洋館好きの方にもオススメです(^^♪

                *

★南浜通りには現在は「そば店」の建物もあります


妻


 

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