育児と介護 | 子ども達と自然に暮らそ!

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十和田で耳つぼジュエリーのおうちサロンをする傍ら、
子育てがラクに楽しくなるように、
自然食、自然療法などを取り入れながら、
子ども達との自然な暮らしを提案しています。

【育児と介護】

今日のテーマは<育児と介護>。

このブログ、そもそも子育てブログなので、介護のことは書かないできました。

ただ、うちにとって、育児と介護は切り離せない物だったので、

今回記事にしてみました。


まだ、小さいお子さんをお持ちのママにとっては、

両親も健在だったり、まだまだ介護なんて考えたこともない、

っていう方も多いのかな。


ただ、その日はいつやってくるか、分からないのです。


うちの場合・・・

今、同居している73歳の旦那のお義母さん、

それまで、群馬で一人暮らしをしていて、

「もし、自分に何かあっても、誰の世話にもならないから。

もしものときは、施設に入るから、迷惑かけないからね」と、言っていましたが、

8年前に熱中症で倒れ、そのまま入院先の病院で脳梗塞をおこし、

一時は命も危ぶまれる状態になりました。



当時私は専業主婦だったため、

退院後、遠く離れた青森の地にお義母さんを引き取り、

介護と育児の同時進行生活が始まりました。

そのとき、まだ子供は3人。

それぞれ小5、小2、5歳。

3人を誰にも頼らず、夫婦だけ育ててきて、

でも、3人目ともなれば、余裕も出てきて、育児を楽しめるようになってきていた頃。


おばあちゃんはその時要介護5。

トイレに行くにも介助が必要だったり、

それまで自然療法をやって来た私にとって、

病院はほとんど行かずに済んでいたので、

何よりも、おばあちゃんの病院通いが苦痛でした。

なんとか、元気に1人で動けるようになってもらいたい。

子供達にもおばあちゃんの状態は伝えておいてたので、

子供達はスムーズにおばあちゃんを受け入れました。


5歳の娘は、リハビリと称して、おばあちゃんにちぎり絵、

パズル、塗り絵、お絵かき、粘土、いろんな事をさせました。


孫と暮らすことで、おばあちゃんも良く笑い、

脳にも刺激が一杯だったと思います。


そして、からだの健康を取り戻すために、

おばあちゃんにも本格的に自然療法をスタートさせました。

まずは、下剤と睡眠薬を止め、甘い物をやめ、野菜中心の生活。


ただ、困ったことに、脳梗塞になると、

血液をさらさらにする薬を飲み続けなければいけなくて、

その薬を飲むことで、食べてはいけない物が緑黄色野菜や納豆。

うちの食生活では、それが食べれないのは非常に困りました。

なんとか、血液をさらさらにする薬も止められないだろうか・・・。


幸運だったことに、友人がエゴスキューのトレーナーになったばかりで、

いろいろ相談に乗ってもらいました。

寝たままでも出来るエゴスキューという体操を毎日やり、

越山雅代メソッドでもある腸クレンジングと栄養補強を取り入れました。

雅代メソッドをやり始めると、半年のうちに何度も熱を出しました。

それが、それまでの解毒の反応であることはわかっていたので、

熱もホメオパシーや東城先生のお手当など、自然療法で対処しました。

半年も過ぎた頃、ぴたりと熱を出さなくなり、体調も安定してきて、

トイレで失禁することもなくなり、

杖をついてひとりで歩けるようになっていました。


エゴスキューの他に、続けて体を動かした方がいいと思い、

その頃から、犬の散歩に、おばあちゃんの手をひいて散歩するようにしました。

長いときで2時間近く。

おにぎり持って、休憩所でおにぎり食べて帰ってくる。

病院に通院するときも、片道40分、歩いて通いました。

だんだんと、手をつながなくても、

杖をついて1人で散歩できるようになりました。

足湯におにぎり持って連れて行き、近くの森林を散歩しました。

お花を見せに連れて行ったり、とにかく、歩いて、

きれいな景色をみせました。


冬は、さすがに凍った雪道の散歩は危険なので、

家の階段の手すりにつかまりスローピングを毎日30分やらせました。

スローピングとは、階段の手すりにつかまり、

2段くらいを上向きに15分、下向きで15分、

踏み台昇降のような運動です。

それほど激しくないけれど、30分もやれば、額から汗が出るほどの運動量です。

一日二日やらない日があると、

10分で息切れしたりするので、

継続するって大事だなって思います。


日中は学校や保育園に通う子供達。

いない間はおばあちゃんの散歩や体操、病院通い。

今思うとよくやってました。

こんなこと、お医者さんに言ったら怒られそうだけど、

半年はお薬を飲みながら通院しました。

1年後には通院しながら、血液をさらさらにするお薬を途中で勝手に止めてみて、

血を調べてみて、さらさらになってないようだったらお薬飲もうか、

お医者さんには内緒で、そんな感じで様子を見ていました。

結果、食事と運動だけで1年薬を飲まなくても、

同じ状態をキープ出来ていることがわかりました。


そこで思い切って病院を変えるということにして、

薬を飲まずに、病院通いも止めるという決断をしました。


自分とおばあちゃんのリフレッシュのために、デーサービスを利用していたので、

介護認定受けるために年に一度病院へ行き、MRI撮って、問診する程度。


これで通院の苦痛からも逃れ、はじめは要介護5だったおばあちゃんも

2年後には要支援3、

5年後には要支援1と、一番軽い介護度まで回復
し、

ちょっと話した感じだと、介護老人とはだれも思わないくらいです。



でも、頭も体も元気になったおばあちゃんでしたが、

娘が小学校に上がるころから、

うつのような傾向が見られるようになりました。

娘も、怒りん坊で、気性が激しかったので、

イライラして、しょっちゅうおばあちゃんとケンカするようになりました。


『自分は何も出来なくて、世話になってるだけ』

『やりたいことも何にもないし、早く死にたい』

『もうおばあちゃんなんて、いなくなっちゃえばいいんでしょ?』

『群馬に帰りたい・・・』

娘とケンカする度に『もう死にたい』

と言うおばあちゃん。



子供には、長生きしてたら、こんなに楽しいんだよって教え欲しいのに、

生きてるって楽しいことなんだと教えて欲しいのに、

目の前にいるおばあちゃんは、

子供の前で「死にたい」と言う。

その頃から、私もおばあちゃんにイライラするようになり、

「そんなに死にたいなら、いまここで死んでご覧よ!」

と、おばあちゃんの前に包丁を置いたことも。

さすがにおばあちゃんにもそんな勇気もなく、

2人で泣きました。



かたや、子供達はいきいきと今を生きている。

かたやおばあちゃんは死ぬことだけを考えている。

そのはざまで、私のストレスも、相当でした。



そんなときに授かったのが4番目の息子ラブラブ。

息子の存在にどれほど助けられただろう。

赤ちゃんがおうちの中にいる生活は、

日々のあれこれを吹っ飛ばしてくれました。



そして、小さな人がいることで、必然的におばあちゃんに面倒見てもらう機会が増え、

おばあちゃんの生き甲斐にもなり、

「死にたい」と言うことはなくなりました。



体が元気になっても、心の病があっては幸せに生きられない。

自分は必要とされてる存在なんだという感覚がないと

心は健全でいられないんだ
。

ほんとにそう感じます。

そして、小さな人と暮らすのに、仕事のない、おばあちゃんのような存在がいるのって、

ほんとうにありがたいんだと、4人目にして初めて感じました。

ちょっと買い物とか、

学校の用事だとか、

「おばあちゃんとお留守番しててね」

って言えるありがたさ。

介護をするようになってから、4人目が生まれたことで、

初めて感謝の気持ちが生まれました。


それまでは、やってあげてる。世話してあげてる。

おばあちゃんにしてみれば、面倒かけてる。自分は重荷だ。


それがひっくり返ったんだから、赤ちゃんのパワーってすごいな。



子はかすがいです。

お年寄りには子供のエネルギーが必要で、

子供にとっても、お年寄りの暖かい見守りが助けになる。

同居すると、いろいろ感じることはありますが、

子供とお年寄りは、

一緒に住めるなら住んだ方がいいかもしれないな~って思うのです。


もちろん、同居のストレス、ないわけじゃないですけどね。


家族がHappyで居られるためには、

家族が健康であることが第一。

健康のためには、

食事と運動と笑いが必要。

笑うためには、心も健康であることが大事です。




そんな経験もしてるから、

子育ての話から、自然療法の話、介護の話、いろんな角度からお話しできます。

全て、経験してきたこと。

7人家族の肝っ玉母ちゃんだから言えることもあります。


この経験が、誰かのお役に立てたらいいな、ってそう思います。


ただ、おばあちゃんに関しては、

今現在、また別な問題がありまして・・・

そのことに関しては、またの機会に書きたいと思います。