メモ第五弾・・・
前回は孫悟空の「死と再生」について書きました。天上界への反逆と処罰自体が聖業に対するイニシエイションだったようです。
同様に、猪八戒は月の女神である嫦娥に戯れたために、沙悟浄は蟠桃会で杯を壊したために、天上界から追放されて下界で妖怪となったわけですね。
三蔵も前世では釈迦如来の第二番目の弟子であったのですが、仏法を軽んじる行為のため、唐土に流謫(るたく)されたのですね。ところが、この転生は一回ではなく、九回繰り返されたんですね~(@_@)
その都度童貞を守って修行にはげみ、取経の旅に出るのですが、そのたびごとに流沙河で沙悟浄に食われて挫折、十回目で過去九回の自分のどくろを筏として、ようやく河を渡りました。主役である三蔵はこれだけの「死と再生」を繰り返していたんですね。
三蔵は信仰の純粋さを守り続けるために「死と再生」を繰り返したけど、孫悟空は一行を保護するための力を身につけるために「死と再生」の過程を経るごとにより高い段階に到達する必要があったようです。
その後、取経の旅の各エピソードはそのまますべて「死と再生」の過程の繰り返しであるわけですが、その過程に参加するのは一行だけでなく、凡人や妖怪も含まれます。多くの神々や神仏の家畜などが天上から逃げ出して妖怪となったのも、書中にそれと言及はありませんが、悟空が天上界で暴れまわった時の影響のようです。
いや~、「西遊記」って、奥が深いですね(^▽^;)