以前に読んだ「西遊記」についての本の中で、「へえ~、そうなんだ・・・」と感じたところを備忘録代わりにメモっておこうと思います(^∇^)
「西遊記」に関する本は何冊も読みましたが、解釈とかイメージがそれぞれ違うな・・・と感じます。まあ、西遊記自体が「大唐三蔵取教詩話」から始まって、時代により内容がふくれあがったり、簡略化されたりしているわけですから、日本の訳本がいろいろな解釈をしているのは当然ですね。
「第九回・玄奘三蔵の生い立ち」
父の光蕊(こうずい)は科挙に首席で受かり、宰相殷開山(いんかいざん)の娘である温嬌(おんきょう)をめとり、江州に赴任するが、途中で悪船頭の劉洪(りゅうこう)に殺される。温嬌は無理やり妻にされるが、妊娠していたので胎内の子を守るため堪え忍び、やがて男児を出産。劉洪に殺されることを恐れ、長江に流す。子供は金山寺に流れ着き、僧侶に拾われ江流(こうりゅう)と名付けられ、十八歳で出家、法名を玄奘と称する。やがて母を捜しあて、長安に上り、祖父殷開山の力で父の仇を討つ。父は龍王に救われていたので地上に戻って一家円団となったが、温嬌は劉洪に身を任せたことを恥じて自害する。
・・・というストーリーですが、温嬌が子供を川に流す時に、後日の証拠として片足の小指を噛み切り、身の上を書いた血書を添えていたんですね。ということは、玄奘の片足には小指がないってこと?ちょっとショックな描写でした・・・(・_・;)
「第百回」
取経後、三蔵は栴檀功徳仏(せんだんくどくぶつ)という称号を如来から与えられました。栴檀とは、芳香を放ち、仏像の料になる高貴な樹のことで、功徳は仏法によって衆生を救うこと。そのことを栴檀の芳香にたとえて讃えた素晴らしい称号なんですね。
「如意禁箍棒」
重量一万三千五百斤・・・約8.1トンだそうです。夏の禹(かのう)が大洪水を納めた時、江海の底を撞き固めるのに用いたとされ、東海竜王の宝庫に蔵されていたのを悟空が奪い取りました。意のままに伸縮するんですね。悟空は太上老君の八卦炉に入れられても死ななかったわけですが、老君はもともと道教の最高神のはずなんですね。しかし「西遊記」の中では鍛冶師のような存在で、如意棒を鍛造したのも老君だそうです。なんと八戒の釘鈀(ていは、熊手のこと)もそうなんですね。
如意棒と熊手の製作者が同じというのは知りませんでした(^▽^;)ちょっと以外ですね。
次回は八戒と悟浄についてもちょっと触れてみます。