今から6年前。


次男坊が中学校一年の5月、パタパタと学校から帰ってくると何も言わずに自転車で出かけてしまって。


何処へ行ったー?

病気のこともあって、心配して待っていると、リボンのついたカーネーションの花束を持って帰ってきました。


「ママ、いつもありがとう」って、照れくさそうに。



日にち間違えてるなんて気にしない。


泣きそうになりながら花束受け取って、次の年も絶対受け取るよーって心の中で信じたのだけど。


次の年の母の日、次男坊は動くことも話すことも出来ずに病院のベッドの上。

生きるか、死ぬかの処置が何度も行われていました。


花束も嬉しいし

心のこもった贈り物も嬉しけど。

(次男坊は母の日、誕生日、時になんでもないときでも、お小遣いを貯めて贈り物をしてくれる子供でした)


でも母親にとっての最高のプレゼントは、子供が生きていてくれていること。


当時病院で目の前にいる次男坊を見つめながら、そう感じ絶対に生きて欲しいと願っていました。


叶わない願いだったけど、記憶の中で次男坊は笑いかけてくれる、時には泣いてる顔も。


そんな思い出をたくさん残してくれたことが、今の私にとっては、いつか私がこの世界を離れるまでの母の日の贈り物。


記憶に残る姿が長くても、短くても、一緒に過ごし、成長を見守った一瞬一瞬。

たとえ成長する姿を見ることが叶わなくても、母になる喜びを感じた日、自分の中で育まれる命を愛しいと思った日々の想い出。


毎年訪れる母の日に、それは素敵な花束なんじゃないかなと。


普段は次男坊のところにもカーネーションは飾るし、今日は実母にカーネーションを届けたりしたけど。


次男坊から最後に手渡されたカーネーションの花束の思い出が心に残りすぎていて、上手く文字にできないけど、そんな母の日の思い出を更新したくない気持ちがあり。

あれ以来、母の日のカーネーションは無しです。


長男はそんな母の気持ちを知ってか知らずか?

もともと、花束とは無縁なタイプでもあり💦


今年の母の日のプレゼントは……


カニ🦀です(笑)

次男坊とも一緒に買った、地元産の浜茹で。

田舎暮らしに感謝。


バックスタイルはこんな感じ。



あっ、フライパンが焦げ付くようになっちゃって、餃子も焼けなくなってしまったので、フライパンセットも😅




食えない花束より食えるもの、いつか枯れてしまう花束よりずっと使えるもの。 

かなり現実的ですが、それも良き良き。


僕からも「ママありがとうー」byポーリー