根っこのところが、
深い深い場所にある怖れこそ、
現実で行動したり、体験して
変化させてゆくことで
ようやく、その怖れは
形を変えてゆくように、感じています。

この、三次元での行動、
「体験」が何より大切なんだなぁ、、、
と、いますごく、感じています。

このごろ、
それが小さな小さなことであっても、
この現実で、行動してみようとしてます^ ^

タイの、プラムヴィレッジでのリトリートで、
ブラザーサンライトが
〈「信じる」ってどういうことだろう?と
先輩ブラザーに質問したら、
「大地に触れる瞑想」を毎晩続けるように
アドバイスをもらった、
と話されていました。
21日、続けると変容が起きる、と
シスターチャンコンもおっしゃっていた、と。〉

私は、変容については
特に関心はなかったのですが、
何か、「確かなこと」をしよう、と、思って。
元日から21日間、続けました。

それは、こどもが、大人の真似をして、
神社で手を合わせるようなもの、
かたちだけのもの、だったかもしれません。

それでも、やろう、と思ってやりました。

(21日目が、美しい満月の日でした。
山羊たちと月光を浴びて、
つづけられたことに、とても、満たされた
思いでした。

ちなみに、変容は、、、。

特にしてない気もします 笑)


空想好き、どちらかというと、
形而上好きな私は、
「行動していく」というのがニガテで、
「わかった気になる」のが得意!^ ^

ものすごく、情報がたくさんある時代。

何も体験していなくても、
まるで体験したように
錯覚してしまうことすらある。

なんでも、「知っているつもり」に
なっちゃうことが、たくさんあって、、

そして、心というか、意識はパンパン!


そして、いま、せっせと断捨離しています。
とにかく、苦手な物の管理でした。

あらためて吹きだまった
モノたちをじっくり、見てみると
その モノには、たくさんの「怖れ」が
くっついていました。

いままで、なんで動けなかったかというと、
時間への執着もたっぷり。

初めは凄まじい絶望 
なかなかの痛み でした。

でも、すこしづつ、すこしづつだけど、
手放しています。

今はまだ必死こいてますが 笑

現実を変えていく、ということに
面白さも感じはじめています。


やりはじめて、しばらく苦しかったのは、
現実の否定があったから。

あきらめて、今の現状を受け入れて、
コツコツ、変えてみよう。

せっかく生まれてきたから。

こういう体験こそが、
面白い、と思うのです^ ^


(そういえば、
『愛とは、怖れを手ばなすこと』という本、
あったなぁ。
今回の内容とは違うかもだけど、
読み直してみようかな ^ ^)


りょうこ