今日の記事は不快を感じる方が
いらっしゃるかもしれません。
ご了承下さい。
私の身近に、
あっちが痛い!こっちが痛い!
と常におっしゃっている方がいらっしゃっいます。
毎回、痛くて本当にしんどそうです。
人間は快を求める行動か、
不快を避ける行動しかしません。
その状態にあること、またはその行動には、
必ずメリットがあり、
それを重視しているわけです。
その方はよくおっしゃいます。
とあるアーティストの方のこと、
この人ってね、足が不自由なんだって。
まっすぐ立てないらしいよ。
そんななのに、ここまで素晴らしい歌うたうの、すごくない??
はたまた、
この人、大病したんだよね、
よくここまで来たよね、頑張ってるよね、
すごいよね。
ご自分のことに関しては、
昨日の夜から調子悪くてさ、しんどいわ。
まあ、頑張ってみる。
もうさ。大変だよ。
病院行く時間とお金がもったいなくてさ。
もう、ほんと、大変。
具合悪い、痛いアピールすごいし、
そんな中頑張っている人は素晴らしい。
そんな前提が垣間見えます。
そんなこんなしているうちに、
体が曲がってきていて、本当にしんどそうです。
自覚はないかもしれないけど、
そこにものすごくメリット感じてるのだと思うんです。
状態が悪くても頑張る自分を感じられる、
または感じさせることができる。
という快を得られること、
前もって言っておくことで
パフォーマンス低くても
今日は具合が悪いからです。
という能力がないと思われるかもしれない
不快を避けることが出来ること。
同時に満たしています。
この方ね、本当に能力が高い方なんです。
こんな技使わなくても
どこにでも行けるし、出来るし、素晴らしい方なの。
意識が現実を作り上げるとするならば、
わざわざ、自ら、
体の具合が悪くなりに
行かなくても良いよね。
と偉そうなこと言いながら、
私の腰痛は、
負けてもしょうがない!という逃げ道らしい。
コレに関してはまた書きます。
そのメリットは、
本当に必要なメリットなのだろうか?
痛くて辛いなら、
手放そう!(私もな!!)
