このまえの日曜日。


13歳のうさが 身体を離れました。


(うさぎの名前が「うさ」って


どうなん?と思いながらも、「うさ」でした 


子どものころは、やんちゃだったので 本名は「コラ・ウサ・マテ」 だ!なーんて、言ってました ^^ )


その前々日のうさです


お風呂に入れてやって 私の膝の上で。




「死」ということではあるけれど


「身体を離れた」


なんとなく この言葉が一番ぴったりな気がします

夫婦で泣きながら話したこと


「明日、うさのお祝いをしてやろう」




重い身体を離れたお祝い


もうこのごろは自分で起き上がれなくなっていたから



先月末は講座がびっしり詰まっていました。


不思議な気がするのですが


その講座は魂が望んでいたような講座でした。


(園芸福祉と、Robeさんのヒプノセラピーの講座です)



ヒプノの講座で意識について学び


集合的無意識についても学びました。



なので・・・


そこは、うさの還る場所なのかなあ・・・


と思えたことは奇跡のような優しさでした。



生の世界と かならずしも分断されていなくて


過去も現在も未来も


空間もなく 


そこにすべてがいっぺんに存在している



わたしの 生の世界に、うさがいないことはものすごく寂しいことだけど


それは「生きている私」の「時空がある感覚」でしかない


と とらえることができたのは

ある意味、救いでした。



ものすごく泣いたし まだ泣いてしまうけれど


感情の8割が うさの優しさやかわいさや温かさを思って。

 

2割は生きてる私の現世的なさみしさの感覚 。



ものすごく恵まれた「とき」だったと思います



ハーブの花をたっぷり うさに




夫が いわゆるお墓を作ってくれました。




こういう儀式は 残された者のための儀式なんだろうな



なぜなら もう うさは、ここという空間にいなくて


もっともっと 深いところに いるような気がするから 



不思議だったのが園芸福祉の講座で、視覚障がいの方の感覚を多少理解するために


アイマスクをして作ったアレンジ




各自作ったものを組み合わせてグループで坪庭を作ったのですが、その出来がとてもよかったので、

すぐ壊すのはもったいないね、という話になり。



作った日は持って帰れませんでした。

その日の夜は、北九州の実家に帰る予定だったので、


今日なら、母に持って帰れたのになあ・・・と思っていましたが、


結果的には、うさに持って帰ることになりました。



ヒプノの講座のことといい

私にとっては 完全に タイミングがぴったりだったように感じて



翌日のヒプノの講座も、泣きはらしてひどい顔でしたが


絶対に行こう。と決めて、行きました。


うさの優しさと


いま私に与えられている生


うさに、園芸福祉でのアレンジを供えることになったことも


私には意味があるように思えて仕方ありません。




とっても輝いていて 不思議な気がして じっと見ていたら


みつばちが 飛んできました ^^ 



うさ、ほんとうに 楽しい毎日を ありがとう 




ずっと、一緒にいようね ^^