『二楽荘と大谷探検隊』(会期終了) | 満ちる日々

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龍谷ミュージアムの秋季特別展,最終日に滑り込みました.
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2階には大谷探検隊のそれぞれのメンバーが紹介され,当時の手紙や調査ノート,スケッチなどが所狭しと展示されており,若い隊員たちの熱意が詰まっていました.
調査先の異国で命を失ったものも多数.どんなに厳しい道程だったことか.

春の特別展で取り上げられていた多田等観と,青木文教の姿もありました.

3階では二楽荘そのものの紹介.
二楽荘は,大谷光瑞の(?或いは本願寺の)別荘の一つで,仏教徒たちの学校(教育施設)や,それに関連した農場,牧場などをもつ大規模な施設で,かつ,探検隊が持ち帰った成果の学術研究に取り組んだ場所でした.
地理的には岡本付近から六甲山の中腹に上がったところ,自家製(?)のケーブルカーが敷かれていたようです.
なんというか色々すごかった.

二楽荘では研究しただけでなく,その成果を展示して一般にも公開していたということで,日にちを限定した一般公開の日には,当日の新聞に観覧券がついて,それを持って行った,ということのようです(会場にあった当時の大阪毎日新聞による)

研究者のよいサロンですね.


しかし程なく二楽荘は光瑞の手から離れ,別の事業団体の人の手に.

そして最後には不審火で消失…

なんとももったいない最後です.

今,その場所は何になっているのでしょうか…

ちなみに,須磨にも別の別荘があって,大谷探検隊の資料は最初は須磨の方に運ばれたそうです.これは恐らく,今の海浜公園の辺り.

ところで大谷光瑞ということでこの探検隊は真宗大谷派の事業と思っていたのですが,資料には本願寺派とあって,自分の中でちょっと事実関係が把握できていない感じです…
そもそも分かれたのはいつだったか?



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ミュージアムの地階から,吹き抜けの天井方向.秋の名残.

力のこもった,盛りだくさんの展示でした.