こんばんは。
運命好転セラピスト☆ブルームーンです。
先日、心友と食事をしたときに「おみや」をいただきました。
YOKUMOKUのCigareのお正月バージョン。
おめでたいモチーフがたくさんプリントされています♪
なんだか眺めているだけで、うれしい気分になりますね。
さて、最近ふと気付いたのですが、わたしは「どっちでもいい」と思うことが増えたように思います。
どっちでもいい、と言っても答えを投げだすような、乱暴な選択ではなく。
どちらを選ぶか「あなたにおまかせします」と委ねるだったり。
振り子のように、しあわせもNotしあわせも、どちらもセットで存在するものだし(しあわせの感覚はNotしあわせを知っているから)、そう考えると失敗はないんだよなー、と感じて「どっちでもいい」と思うのです。
いい意味で、私はあまり執着心がないのかも知れません。
いや、徐々になくなった、が正しいかも。
あんまりなくなると、海をただようクラゲさんになっちやうかな?
(笑)
これをニュートラルを言うのでしょうか。
それとも、私は動じない、ということ?
私の肚はきまっていて動じませんから、どちらでも。
みたいな。
どちらでも、と言いながら、その選択の先にあるものがご当人にとって最善であるといいな。
そんな祈るような気持ちで遠くから想っていたりするのですが。
他所さまが何と言っていようと、私は目の前のその人の中にある、純粋な輝きを見つけていきたい 。
そんな気持ちでいつもセッションや講座に臨んでいます。
ま、知らないうちに、いい人だなぁ、こういうところ好きだなぁ、を見つけちゃうんですけどねー
。
どっちでもいい、というゆるさの中で、私はちょっとシアワセです。
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