中学生になったムスメ。

なぜか朝起きるとテレビをつけるようになった。
 
これは
小学生の時にはなかった行動。
 
そして
この行動は
ムスコも
中学生になったとき
していた。
 
謎だ。
不思議だ。
 
 
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昨日
久しぶりにテレビで
「ホンマでっか」を見た。
 
その中で脳科学者の人が言っていた。
 
「人間は一度痛いと感じると、その回路ができてしまう」と。
 
そして
「その回路は一度できてしまうと、なかなか途絶えさせることはできない」と。
 
 
でもその回路を断つ
簡単な方法がある。
 
 
それは…
「恋をすること」
 
「好きな人のこと考えてたら、痛みなんてなくなりますよ」と。
 
 
びっくりほ、ほ、ホンマでっか?!
 
 
 
笑っちゃった。
 
 
それでいいんだね。
 
 
「要は
   しあわせでいればいいってことですよ!」だってさ。
 
 
 
 
そして
その教授の言う
しあわせになる条件。
 
 
それは…
 
女性であること。
 
 
 
ポーン へっ?!
 
 
 
 
あ〜もう!
おもしろいなぁ〜
 
 
ガッツリ研究をしてる人が
そんなことを言っている。
 
 
 
学問って
極めていくと
結局は
スピリチュアルな真理に
どんどん近づくものなんだよね。
 
 
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テレビだから
ずいぶんはしょって、
おもしろくて注目される言葉だけ
切り取られている、
ということはあるかもしれないけれど、
でも
大まかに言えば、
そんな感じですよね。
 
 
 
恋愛は
己を成長させるための
最高のツール。
 
だから
教授が言うように恋していたって
苦しかったりもする。
(己の真実に向かうためのプロセスとして)
 
 
そうやって苦しさを味わってる時は
カラダの痛みは
さらにひどくなったりするよね。
 
逆に
カラダの痛みや不調から
己の真実からズレていることを
教えてもらうことも
たくさんある。
 
 
それぞれ
その人の霊的、精神的成長に合わせて
現状があるから
一概には言えないけれど、
 
どんな状況にあろうとも
基本として、
 
わたしたちは
しあわせに、
日々を喜んだり楽しんだりするために
いまここにいるから、
楽しんだらいいんだよ、ってことなんだよね。
 
 
痛い、痛い、
苦しい、苦しい
って言って
生きてもいいけどね。
 
 
その「痛い」も「苦しい」も
しあわせに楽しく生きるため、
本来の自分に還るため、
の出来事でしかない、
とわたしは思っている。
 
 
 
 
起きてることを
深刻に捉えることと
思いやりを持って関わることは別だね。
 
深刻にならなくても
人や自分に
やさしくできる。
 
 
 
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わたしには
「深刻グセ」がある。
 
 
 
「あんたは能天気だね〜」
「そんなふうで世の中やってけるのかね?」
 
「ホントにお前は能天気だな」
 
 
そうやって
両親に言われ続けて、
「能天気」と言う言葉が嫌いになった。
 
なんか
ものすごーく悪い意味だ、と捉えていたらしい。
 
 
わたしにとっては「何も考えてないバカなやつ」と同意語。
 
 
だから
わたしは
わたしの本来もっている気楽でのんきな性質を嫌うようになっていき「もっとちゃんと考えなきゃ!」って思うようになった。
 
 
実は
今でもだいたい感じることがメインで
考えるのは苦手だったりするのだけれど、
そんな事実を無視して
当時のわたしは
考えてる気満々だった。
 
 
で、
なにかしら
いつも
思い悩んでた。
 
 
いま
こうして書いてると
バカバカしくて笑ってしまう。
そして
そんなバカバカしい自分に
呆れる。
 
呆れて
可愛いヤツめ、と思う。
 
 
 
でね、
そうしていくうちに
わたしに身についたのが
「深刻グセ」
 
 
何でもかんでも「深刻」に捉える癖がついた。
 
 
だってそのほうが
「バカ」っぽくないから。
 
「能天気」って言われなくて済むでしょ?
 
 
 
深刻に捉えたものごとに
こころを痛めたりしていた。
 
感じて、思いを馳せては
自分にできることはないか、と
いろいろ考えていた。
 
 
 
でも、
状況は
変わらなかった。
 
 
 
友人には
いつもだいたい
「楽しそうだね」と言われるし、
 
近所のおばさんにも
「いつも元気だね」と言われる。
挨拶してるだけなのに。
 
 
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でも
そりゃそうだ。
 
わたしのなかでは
深刻に悩んでいても、
それは表面には出すことはできない。
 
だって心配かけてしまうから。
 
 
わたしは「能天気ではいけない」のと同時に
「元気で明るくなくてはいけない」というミッションを自分に課していた。
 
「落ち込んだ姿を見せてはいけない」のだった。
 
それは
両親を笑顔にすることから遠ざかるから。
 
 
 
もう、
すべてが「親のため」だった。
 
 
この人たちを元気にしたい。
この人たちを明るく照らしたい。
この人たちの力になりたい。
この人たちを笑顔にしたい。
この人たちを守りたい。
この人たちの役にたちたい。
 
 
この人たちに喜ばれる存在でありたい!
 
 
そのために
生きてた。
 
両親のことが
大好きだから。
 
 
 
 
で、結局
両親にとってわたしは
「能天気」なままだった。
 
 
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今は思うの。
 
わたしは
わたしのために生きようって。
 
 
両親を大好きなのは
今も同じ。
 
さらに今では
愛する子どもたちもいる。
 
 
でもね。
他の誰になるでもない。
わたしはわたしのままで生きることを
自分に許す。
 
 
 
「能天気」なのもわたし。
 
そして
落ち込むのもわたし。
 
 
それで
誰がどう思おうと
わたしはわたしの感覚に素直でいいのだな、と。
 
 
 
落ち込んでる時に
無理に笑う必要もないし。
 
わたしの能天気なところに
イラつく人がいたとしても
そんな自分を隠す必要もないのだよね。
 
 
そして
頭からっぽで楽しいのに
深刻ぶる必要もなくて。
 
 
 
で、決めた。
 
 
「深刻グセ」
や〜めた!
 
 
 
 
そして、
おバカを隠すのも、やめよう。
 
あ、ちょっとザワザワするな。
おバカは隠したいらしい(笑)
 
 
でもさ、
隠そうとしても出ちゃってるのだよね。
 
だって
だいたい
頭のなかお花畑なんだもの。
 
そりゃバレるわ。笑
 
 
 
隠しきれないよね。
本質って
そういうものだから。
 
 
 
余計なことはしない。
そのままでいればいい。
 
 
それがわたしだから。
 
 
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あなたには
本来の自分を隠すための
どんなクセがある?
 
 
あ、ちなみに、
どんなクセがあったとしても
それを責める必要はないのだよ。
 
 
そんな自分を
淡々と
観察してればいい。
 
 
そのクセのまま生きたって
楽しかったらそれでいいし、
「いや、もう
   本当の自分を生きたい!」って思うのなら
そのクセを
やめればいいだけで。
 
 
自分の問いに対する答えは
自分が知ってるから、
信頼してればいい。
 
 
いつだって
愛とよろこびで
いていい。
 
Shioピンク薔薇
 
 
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6月18日(日)
東京
魂と繋がる歌の唄い方ワークショップ

 

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6月17日(土)

東京

マンツーマンセッション(残り一枠)

 

セッション場所は調布駅周辺となります。

(場所の詳細はお申込みいただいた方に直接お伝えします)


 

ゆめみる宝石セッション時間

16:00~17:40(100分)

②18:00~19:40(100分)

 

ゆめみる宝石セッション料金 32400円

 

お申込、お問い合わせはこちら

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※お申込の場合は「当日連絡の取れる携帯番号」を明記してください。

※大変申し訳ありませんが今回のマンツーマンセッションは女性限定とさせていただきます。

 

 

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