旅の思い出に囲まれた私のアパート ライブラリーとバスルーム
最後は小さなベッドルーム、私たちはライブラリーと呼んでいます。
それにバスルーム。
These photos were taked in the small bedroom (we call it a library) and the bathroom.
01

ライブラリーのドア
パリ ポンピドゥー美術館の近くのカフェーの写真 (『幻の旅路』グラビア頁 P32)
02

ライブラリー
夫の英訳された日本文学の蔵書のコレクション
2列に置かれている。地震のために紐が張ってある。この他にも、本はベッドルーム、ライブラリーの押し入れ、それに車庫にも沢山入っている。
カリフォルニア州立大学に寄付すると言っているが、いつのことか。
(南カリフォルニア大学の図書館に2017年ついに何百冊の蔵書を寄付しました)
03

ライブラリー
娘が寝るベッド。
壁の写真はスイスのトゥルブ村(『幻の旅路』第6章 1983年、第六回の旅 『トゥルブシャフェンの駅前ホテル』P466)
備え付けの本棚は、手先の器用な友人に頼んで特別に作ってもらう。
下の2段は、12インチx16インチのマットに貼った写真が入った箱が置かれている。
04

ライブラリー
「集めること」が趣味の夫はいまは昔の名画、日本の映画などのDVDを集めている。
DVDは2列に置かれ、現在はこの写真よりもずっと多くなっている。
毎週のように、特別オーダーで購入している。
よくもこうたくさん映画が製作されたと思うくらい、必ずオーダーする物がある。
彼のコレクションは、中には、くだらないと思われる作品もあるが、殆どが内容の高いよい映画である。
しかし、いつも『老いること』や『死』を頭に入れて生きている者には、彼のこの限りないDVDの「買物癖」や「集める癖」には、本当に呆れてしまう。
私の家具や旅の小物のコレクションは30代後半で終わっている。
庭のプラントのコレクションは5年前にぴたっと終わり、それ以後、一切園芸屋でプラントを買っていない。
05

ライブラリー
夫の蔵書 私の油絵
ドアの後ろの写真
(『幻の旅路』第6章 1983年、第六回目の旅『ジャン ピェールと今年も再会する』P399)
06

ライブラリー
書き物をするコンピューター 本棚の上は旅のアルバム ネガフィルムのアルバムは押し入れの中に入れている。
勉強机は娘と共有。
07

ライブラリー
洋服だけでなく、辞書、ネガフィルム、フレーム作業一式、など、色々な物が納められているクローゼット。
そのドアの上に、アクリックで絵を描く。
08

ライブラリ
『Sunset Magazine』 で見た写真を基にして、油絵を描く。
アクリックや油絵の作品が何点かあったが、飾る場所、置く場所がなくて、皆人に上げてしまった。
(雨のフィラデルフィア、サンタバーバラの標識、テキサスの水に囲まれた家の絵など)
いまはもう体力が無くなって、二度と同じ絵は描けないので、ひどく後悔している。
(私は、何でもいらないと思うと、すぐ人に上げる癖がある)
09

ライブラリー
娘の本箱と机
10

バスルームの内部
ドアの中側をアクリックでペイントした。
右上 アクリック 京都清水寺 絵葉書を基にした。
その下 アルバートアンカーの絵と牧歌的な田園風景の絵
(ホテル ヒャシェンのレストランの壁に飾られていた絵)
(第4章 1981年、第四回目の旅『ラングナウに移動、ホテル ヒャシェンに泊る』P233)
11

バスルーム
アクリックのペイントと猫の写真
12

バスルーム
アムステルダムのチューリップをクレバスで描く
(『幻の旅路』第2章 1979年、第二回目の旅 『エジプト人の留学生ミミ』P65)
左3枚 夏、秋と、農家の家族が働いている絵やダンスをしている絵
(ホテル ヒャシェンのレストランの壁に飾られていたローカルの女流画家の複製画ーいかにもスイスらしい牧歌的な作品が多い)
(第4章 1981年、第四回目の旅『ラングナウに移動、ホテル ヒャシェンに泊る』P233)
13

バスルーム
それにバスルーム。
These photos were taked in the small bedroom (we call it a library) and the bathroom.
01

ライブラリーのドア
パリ ポンピドゥー美術館の近くのカフェーの写真 (『幻の旅路』グラビア頁 P32)
02

ライブラリー
夫の英訳された日本文学の蔵書のコレクション
2列に置かれている。地震のために紐が張ってある。この他にも、本はベッドルーム、ライブラリーの押し入れ、それに車庫にも沢山入っている。
カリフォルニア州立大学に寄付すると言っているが、いつのことか。
(南カリフォルニア大学の図書館に2017年ついに何百冊の蔵書を寄付しました)
03

ライブラリー
娘が寝るベッド。
壁の写真はスイスのトゥルブ村(『幻の旅路』第6章 1983年、第六回の旅 『トゥルブシャフェンの駅前ホテル』P466)
備え付けの本棚は、手先の器用な友人に頼んで特別に作ってもらう。
下の2段は、12インチx16インチのマットに貼った写真が入った箱が置かれている。
04

ライブラリー
「集めること」が趣味の夫はいまは昔の名画、日本の映画などのDVDを集めている。
DVDは2列に置かれ、現在はこの写真よりもずっと多くなっている。
毎週のように、特別オーダーで購入している。
よくもこうたくさん映画が製作されたと思うくらい、必ずオーダーする物がある。
彼のコレクションは、中には、くだらないと思われる作品もあるが、殆どが内容の高いよい映画である。
しかし、いつも『老いること』や『死』を頭に入れて生きている者には、彼のこの限りないDVDの「買物癖」や「集める癖」には、本当に呆れてしまう。
私の家具や旅の小物のコレクションは30代後半で終わっている。
庭のプラントのコレクションは5年前にぴたっと終わり、それ以後、一切園芸屋でプラントを買っていない。
05

ライブラリー
夫の蔵書 私の油絵
ドアの後ろの写真
(『幻の旅路』第6章 1983年、第六回目の旅『ジャン ピェールと今年も再会する』P399)
06

ライブラリー
書き物をするコンピューター 本棚の上は旅のアルバム ネガフィルムのアルバムは押し入れの中に入れている。
勉強机は娘と共有。
07

ライブラリー
洋服だけでなく、辞書、ネガフィルム、フレーム作業一式、など、色々な物が納められているクローゼット。
そのドアの上に、アクリックで絵を描く。
08

ライブラリ
『Sunset Magazine』 で見た写真を基にして、油絵を描く。
アクリックや油絵の作品が何点かあったが、飾る場所、置く場所がなくて、皆人に上げてしまった。
(雨のフィラデルフィア、サンタバーバラの標識、テキサスの水に囲まれた家の絵など)
いまはもう体力が無くなって、二度と同じ絵は描けないので、ひどく後悔している。
(私は、何でもいらないと思うと、すぐ人に上げる癖がある)
09

ライブラリー
娘の本箱と机
10

バスルームの内部
ドアの中側をアクリックでペイントした。
右上 アクリック 京都清水寺 絵葉書を基にした。
その下 アルバートアンカーの絵と牧歌的な田園風景の絵
(ホテル ヒャシェンのレストランの壁に飾られていた絵)
(第4章 1981年、第四回目の旅『ラングナウに移動、ホテル ヒャシェンに泊る』P233)
11

バスルーム
アクリックのペイントと猫の写真
12

バスルーム
アムステルダムのチューリップをクレバスで描く
(『幻の旅路』第2章 1979年、第二回目の旅 『エジプト人の留学生ミミ』P65)
左3枚 夏、秋と、農家の家族が働いている絵やダンスをしている絵
(ホテル ヒャシェンのレストランの壁に飾られていたローカルの女流画家の複製画ーいかにもスイスらしい牧歌的な作品が多い)
(第4章 1981年、第四回目の旅『ラングナウに移動、ホテル ヒャシェンに泊る』P233)
13

バスルーム
旅の思い出に囲まれた私のアパート ベッドルーム
次はベッドルームです。
These photos were taken in the bedroom.
The Japanese paintings of flowers and fruit were painted by my mother, who started learning painting at the age of 78.
1

ベッドルームのドア
1978年 第1回目 ツアーに参加してベニスに行ったとき。
ホテルヨーロッパの裏口を出て、サンマルコ広場に続く路に面しているホテルの壁を覆っている藤。
水彩画
2

ベッドルーム
姉が作ってくれた鳥のカバーのクッション
左の黒いボックスはステレオ
3

ベッドルーム
ベニスの洪水の写真 (『幻の旅路』グラビアの頁 P31)
スイス トゥルブシャフェン駅の鉢植の花 (『幻の旅路』グラビアの頁 P4)
サンタバーバラの裁判所の内部 油絵
スイス テーゲルチの民家のバラ
4

ベッドルーム
5

ベッドルーム
6

ベッドルーム
スイス テーゲルチの民家 (『幻の旅路』グラビアの頁 P14-15)
7

ベッドルーム
アムステルダムの運河 油絵
(『幻の旅路』第1章 1978年、第一回目の旅 『アムステルダムの町』)
8

ベッドルーム
この大きな椅子に座って、夫がいつもDVDを観ている。
壁に5つ、スピーカーが付いている。
畳半畳もないスペースが彼の劇場なので、いつも狭いとこぼしている。
ベッドの横と勉強机の間の狭いスペースが、彼の体操をする所。
9

ベッドルーム
『母の絵
母は、73歳か78歳か忘れたが、かなり後年になってから、絵を習い始めた。
その歳になって、やっと自分のやりたかった時間が取れたのだろう。
人一倍努力家で、行動派の彼女は、一人黙々と、91歳で死ぬまで、絵を描いていた。
明治生まれの母は、薬剤師になったが、本当は薬学よりも英語を習いたかったと言っていた。
絵も昔から習いたかったのかもしれない。
抽象画しか描かない姉は、母の絵は写真のようだとまったく評価していなかった。
いまから見ると、花や果物が生き生きと描かれ、母は見事にそれらの心をとらえて描いていた。
生きている間にもっと褒めてあげれば良かったと、母の絵を見る度に後悔している。
タンスの上の左の陶器は、日本の友人の結婚祝い
酒の徳利だが、いつも花瓶の代わりに使っている。
10

ベッドルーム
花が大好きだった母の日本画
11

ベッドルーム
母の絵
桃の絵は、世田谷区主催の展覧会で入賞した作品。
ピーチはいまでもむいて食べたくなるくらい、みずみずしく描かれている。
母は若い頃、薬剤師になるために九州の佐世保から上京した。
東京の路地脇から聞こえてくれピアノの音にすっかり魅せられたらしい。
薬剤師の夫と結婚して、すぐピアノを買い、習い始めた。
その夫は、結婚後、一、二年で薬害で亡くなったが、彼女はピアノを続けていた。
私は9歳からバイオリンを習い初めて、数年後、止めてしまったが、母は自分も習いと言って、バイオリンをやり始めた。
たしか、あの頃の彼女は65歳前後だったと思う。
いくら何でも、バイオリンは難し過ぎたようだ。
乾燥した押し花の絵を長年やっていていたが、花の色が変わるので、止めた。
生け花は長い間続けていた。
70歳を過ぎてから、字が下手だからと、通信教育で習字を習い始め、NHKのテレビを観て、絵を習い始めた。
裁縫、料理、園芸、そして世界情勢にも興味を持ち、おけいこごとは、やり始めたら、途中で止めなかった。
家計簿も日記も死ぬまでつけていた。
彼女はいま生きていたら、121歳。
明治生まれの人は彼女のような人が沢山いる。
様々な苦境を乗り越えて、いつも笑顔を絶やさなかった「ひまわり」のような人だった。
そんな彼女からは、いまでも見習うことがとても多い。
12

ベッドルーム
母の絵
13

ベッドルーム
母の絵
(気になる黒いボックスはスピーカー)
14

ベッドルーム
三人で使っているチェスト(タンス)
アクリルの三色でペイントする。猫がジャンプして、ペイントが禿げかかっている。
15

ベッドルーム
ビューロー(Bureau)タンスの一種 タオルを入れている
16

ベッドルーム
ビューロー
アルバート アンカーの複製画 (下の4枚)
大好きなスイスの画家、老人や猫を抱いた子供などを題材にした作品が多い。
(『幻の旅路』第4章 1981年、第四回の旅『ヴィンタートゥールの美術館』P217-218)
スイス カンデルシュテークの教会の写真 (『幻の旅路』グラビアの頁 P5)
左の2枚
ローテンブルクで買った水彩画の複製画
(『幻の旅路』第4章 1981年、第四回の旅 『ローテンブルク オブ デア タウバー』P214)
These photos were taken in the bedroom.
The Japanese paintings of flowers and fruit were painted by my mother, who started learning painting at the age of 78.
1

ベッドルームのドア
1978年 第1回目 ツアーに参加してベニスに行ったとき。
ホテルヨーロッパの裏口を出て、サンマルコ広場に続く路に面しているホテルの壁を覆っている藤。
水彩画
2

ベッドルーム
姉が作ってくれた鳥のカバーのクッション
左の黒いボックスはステレオ
3

ベッドルーム
ベニスの洪水の写真 (『幻の旅路』グラビアの頁 P31)
スイス トゥルブシャフェン駅の鉢植の花 (『幻の旅路』グラビアの頁 P4)
サンタバーバラの裁判所の内部 油絵
スイス テーゲルチの民家のバラ
4

ベッドルーム
5

ベッドルーム
6

ベッドルーム
スイス テーゲルチの民家 (『幻の旅路』グラビアの頁 P14-15)
7

ベッドルーム
アムステルダムの運河 油絵
(『幻の旅路』第1章 1978年、第一回目の旅 『アムステルダムの町』)
8

ベッドルーム
この大きな椅子に座って、夫がいつもDVDを観ている。
壁に5つ、スピーカーが付いている。
畳半畳もないスペースが彼の劇場なので、いつも狭いとこぼしている。
ベッドの横と勉強机の間の狭いスペースが、彼の体操をする所。
9

ベッドルーム
『母の絵
母は、73歳か78歳か忘れたが、かなり後年になってから、絵を習い始めた。
その歳になって、やっと自分のやりたかった時間が取れたのだろう。
人一倍努力家で、行動派の彼女は、一人黙々と、91歳で死ぬまで、絵を描いていた。
明治生まれの母は、薬剤師になったが、本当は薬学よりも英語を習いたかったと言っていた。
絵も昔から習いたかったのかもしれない。
抽象画しか描かない姉は、母の絵は写真のようだとまったく評価していなかった。
いまから見ると、花や果物が生き生きと描かれ、母は見事にそれらの心をとらえて描いていた。
生きている間にもっと褒めてあげれば良かったと、母の絵を見る度に後悔している。
タンスの上の左の陶器は、日本の友人の結婚祝い
酒の徳利だが、いつも花瓶の代わりに使っている。
10

ベッドルーム
花が大好きだった母の日本画
11

ベッドルーム
母の絵
桃の絵は、世田谷区主催の展覧会で入賞した作品。
ピーチはいまでもむいて食べたくなるくらい、みずみずしく描かれている。
母は若い頃、薬剤師になるために九州の佐世保から上京した。
東京の路地脇から聞こえてくれピアノの音にすっかり魅せられたらしい。
薬剤師の夫と結婚して、すぐピアノを買い、習い始めた。
その夫は、結婚後、一、二年で薬害で亡くなったが、彼女はピアノを続けていた。
私は9歳からバイオリンを習い初めて、数年後、止めてしまったが、母は自分も習いと言って、バイオリンをやり始めた。
たしか、あの頃の彼女は65歳前後だったと思う。
いくら何でも、バイオリンは難し過ぎたようだ。
乾燥した押し花の絵を長年やっていていたが、花の色が変わるので、止めた。
生け花は長い間続けていた。
70歳を過ぎてから、字が下手だからと、通信教育で習字を習い始め、NHKのテレビを観て、絵を習い始めた。
裁縫、料理、園芸、そして世界情勢にも興味を持ち、おけいこごとは、やり始めたら、途中で止めなかった。
家計簿も日記も死ぬまでつけていた。
彼女はいま生きていたら、121歳。
明治生まれの人は彼女のような人が沢山いる。
様々な苦境を乗り越えて、いつも笑顔を絶やさなかった「ひまわり」のような人だった。
そんな彼女からは、いまでも見習うことがとても多い。
12

ベッドルーム
母の絵
13

ベッドルーム
母の絵
(気になる黒いボックスはスピーカー)
14

ベッドルーム
三人で使っているチェスト(タンス)
アクリルの三色でペイントする。猫がジャンプして、ペイントが禿げかかっている。
15

ベッドルーム
ビューロー(Bureau)タンスの一種 タオルを入れている
16

ベッドルーム
ビューロー
アルバート アンカーの複製画 (下の4枚)
大好きなスイスの画家、老人や猫を抱いた子供などを題材にした作品が多い。
(『幻の旅路』第4章 1981年、第四回の旅『ヴィンタートゥールの美術館』P217-218)
スイス カンデルシュテークの教会の写真 (『幻の旅路』グラビアの頁 P5)
左の2枚
ローテンブルクで買った水彩画の複製画
(『幻の旅路』第4章 1981年、第四回の旅 『ローテンブルク オブ デア タウバー』P214)
旅の思い出に囲まれた私のアパート 次はキッチンとホールウェーです。
台所もホールウェーも旅の写真で一杯です。
These photos were taken in the kitchen and the hallway.
01

キッチン 正面の油絵は1976年に描いた作品。
母の故郷、九州の九十九島を空から写したカレンダーを基にして描く。
キャビネットは元々は茶色。
その上に白のペイントを何回も塗り、濃い水色のペイントで枠取りをする。
(昔はカリフォルニアカラーの水色が好きだったので、水色に統一)
その後、濃い緑色の枠取りに塗り替える。
(やや落ち着いた、オーストリアの色合いが出てくる)
アパートの室内のペイントはすべて自分たちでした。
ただし、これら先は年がいって自分たちでするのは到底無理だと思う。
流しやキャビネットのドアノブ、スウッチのカバーなども、自分たちの好みに取り替える。
イタリアのファニーのママが作ってくれた本場イタリア料理、パリのアパートに住んでいるディーニュのリコーファミリーの友人が作ってくれた本格的フランス料理、二人ともこれより小さな旧式な不便な台所を使っているのに、出された料理は超一流。
料理は場所も器具も余り関係ないようだ。
ようは、もてなす側の心構え。彼らのように、いつも「一期一会」で、お客様を招待したい。
02

キッチン このアパートは34年前のもので、キッチンも旧式。
食器洗い器は付いていない。
私は料理係。
夫は、毎晩、疲れた顔をして、丁寧に皿洗いをする。
皿洗いをしないで済むので、外食が大好き。
03

ホールウェーイ リビングルームからベッドルームに続く廊下の壁
8インチx10インチの額に入った写真が5段になって、飾られている。
フューズボックスの上(奥の方)にはドイツ バーデンバーデンの紅葉の公園の写真が飾ってある。
(『幻の旅路』グラビアの頁 P18参照)
いつも私は、ウィンドーマット切りや額入れと、忙しい。
04

ホールウェーイの写真
スイス ブリエンツ湖畔に座っている老人の写真が見える。
(『幻の旅路』グラビアの頁 P1)
上はニュージーランドの湖畔の写真(P175)、下はラングナウの子供たち(P227)
その左はアルハンブラの水の庭園—本文中では白黒で色が出てこなくて残念(P118)
05

ホールウェーイ
モルティモア(夫が持っていた猫 左のバルセルナで買ってきたポット)、アルバート(白とオレンジ色の猫)、アンカー(白と黒) それぞれの猫の遺灰が容器に入っている。
夫の蔵書のほんの一部ーー黒澤明などの映画に関する本。
広島、長崎の原爆に関する書物が入っている本箱。
(彼は戦争、原爆反対の平和主義者。これに関する蔵書が多い)
クローゼットの中、車庫の中と、彼の本が溢れるほど納められている。
いまはDVDを集めているが、一体こんなに集めてどうするのだろうと、人ごとながら、気になる。
といっても、私の写真のコレクションも同様。
部屋中写真だらけで、プラスチックの箱の中に、何千とマットに貼られた写真がある。
今年は、『幻の旅路』のPRとこれらの写真のPRに専念して、少しでも在庫を少なくするのに、全力を注ぐ。
それが私の年初めの目標。
06

ホールウェーイ
トイレのドアに描いたアクリックの絵。
その下は、アルバートのアンカーの写真。
小さい方のベッドルームの壁—エメンタール地方の猫の写真
(『幻の旅路』グラビアの頁 P21参照)
ドイツのリンダウで買った猫の水彩画(左下)
07

ホールウェーイ
洗濯機、乾燥機が入っているクローゼット。
前はこの中に机を置いて、作業場、勉強の場にしていた。
(『私とデイビットの国際結婚』に出てくる作業場)
右3枚の写真は日本の写真。
上から、京都、金閣寺の隣の小さい寺の屋根と紅葉。
東京、ニューオータニホテルの庭園。
倉敷、日本料理店の前に置かれたたぬき。
08

スイスの四季を描いた小皿
春、夏、秋、冬と牧歌的な農家の生活が描かれている。
左の白い縦長のメタルボックスはヒーター。
家が小さいので、すぐ温まる。
These photos were taken in the kitchen and the hallway.
01

キッチン 正面の油絵は1976年に描いた作品。
母の故郷、九州の九十九島を空から写したカレンダーを基にして描く。
キャビネットは元々は茶色。
その上に白のペイントを何回も塗り、濃い水色のペイントで枠取りをする。
(昔はカリフォルニアカラーの水色が好きだったので、水色に統一)
その後、濃い緑色の枠取りに塗り替える。
(やや落ち着いた、オーストリアの色合いが出てくる)
アパートの室内のペイントはすべて自分たちでした。
ただし、これら先は年がいって自分たちでするのは到底無理だと思う。
流しやキャビネットのドアノブ、スウッチのカバーなども、自分たちの好みに取り替える。
イタリアのファニーのママが作ってくれた本場イタリア料理、パリのアパートに住んでいるディーニュのリコーファミリーの友人が作ってくれた本格的フランス料理、二人ともこれより小さな旧式な不便な台所を使っているのに、出された料理は超一流。
料理は場所も器具も余り関係ないようだ。
ようは、もてなす側の心構え。彼らのように、いつも「一期一会」で、お客様を招待したい。
02

キッチン このアパートは34年前のもので、キッチンも旧式。
食器洗い器は付いていない。
私は料理係。
夫は、毎晩、疲れた顔をして、丁寧に皿洗いをする。
皿洗いをしないで済むので、外食が大好き。
03

ホールウェーイ リビングルームからベッドルームに続く廊下の壁
8インチx10インチの額に入った写真が5段になって、飾られている。
フューズボックスの上(奥の方)にはドイツ バーデンバーデンの紅葉の公園の写真が飾ってある。
(『幻の旅路』グラビアの頁 P18参照)
いつも私は、ウィンドーマット切りや額入れと、忙しい。
04

ホールウェーイの写真
スイス ブリエンツ湖畔に座っている老人の写真が見える。
(『幻の旅路』グラビアの頁 P1)
上はニュージーランドの湖畔の写真(P175)、下はラングナウの子供たち(P227)
その左はアルハンブラの水の庭園—本文中では白黒で色が出てこなくて残念(P118)
05

ホールウェーイ
モルティモア(夫が持っていた猫 左のバルセルナで買ってきたポット)、アルバート(白とオレンジ色の猫)、アンカー(白と黒) それぞれの猫の遺灰が容器に入っている。
夫の蔵書のほんの一部ーー黒澤明などの映画に関する本。
広島、長崎の原爆に関する書物が入っている本箱。
(彼は戦争、原爆反対の平和主義者。これに関する蔵書が多い)
クローゼットの中、車庫の中と、彼の本が溢れるほど納められている。
いまはDVDを集めているが、一体こんなに集めてどうするのだろうと、人ごとながら、気になる。
といっても、私の写真のコレクションも同様。
部屋中写真だらけで、プラスチックの箱の中に、何千とマットに貼られた写真がある。
今年は、『幻の旅路』のPRとこれらの写真のPRに専念して、少しでも在庫を少なくするのに、全力を注ぐ。
それが私の年初めの目標。
06

ホールウェーイ
トイレのドアに描いたアクリックの絵。
その下は、アルバートのアンカーの写真。
小さい方のベッドルームの壁—エメンタール地方の猫の写真
(『幻の旅路』グラビアの頁 P21参照)
ドイツのリンダウで買った猫の水彩画(左下)
07

ホールウェーイ
洗濯機、乾燥機が入っているクローゼット。
前はこの中に机を置いて、作業場、勉強の場にしていた。
(『私とデイビットの国際結婚』に出てくる作業場)
右3枚の写真は日本の写真。
上から、京都、金閣寺の隣の小さい寺の屋根と紅葉。
東京、ニューオータニホテルの庭園。
倉敷、日本料理店の前に置かれたたぬき。
08

スイスの四季を描いた小皿
春、夏、秋、冬と牧歌的な農家の生活が描かれている。
左の白い縦長のメタルボックスはヒーター。
家が小さいので、すぐ温まる。