愚痴を聞かされるスピリチュアル的意味とは 愚痴を聞くことが多いのはなぜか? | 遠隔ブロック解除ルイ スピリチュアルサロン裸足の女神 公式ブログ

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この記事は2026年5月に最新の情報を加えて更新しました。

恋愛相手やパートナーなどに、過去に他人から雑に扱われたことを吐露しない方がいい、というポストがバズってるのをXでたまたま見ました。

 

 

過去の不幸を話すことについて 

 

恋愛相手などに、「自分の辛かった過去をわかってほしい、知ってほしい、共感してほしい」と望むことは少なくないと思いますが。

 

 

同情を使って関心や愛情を得たい、共感してもらい癒されたい、快感を感じたいという心理もあるかなと思います。

 

また恋愛相手に限らず、職場の人や友人、SNSのフォロワーなどにも「過去の自分の不遇や不幸を話して共有する」ということは多いようです。

 

このブログでは過去に「愚痴や弱音を話すことはしてもいいけど、自分にデメリットになる」ということを書いてきました。

 

聞く側、受け止める側に「自分の荷物や心のゴミを渡す、持ってもらう」要素は多分にあります。

同情を使ってエネルギーを奪う要素もあったりします。

 

ネガティブな話を聞くのは、相手に集中して、相手のために時間も使ってます。

エネルギーを少なからず使う要素があります。

 

人によっては「聞き役や受け止め役になることが多い」タイプの人もいると思います。

 

立場や関係によっては、それを気兼ねなくしやすいなどもあると思います。

例えば自分がお客さんの立場の時など。

 

愚痴を聞かされるスピリチュアル的意味とは

どうしても辛いときなどは、1人で抱え込むのは辛いと思うので、誰かに聞いてもらうことも時にあっていいと思ってます。

助け合いも必要なので。

 

この件についてですが、良い悪いはないと私は考えてます。

 

また「しない方がいい」ということを今回、書くつもりもないです。

 

「誰かに過去の不遇や不幸、誰かに虐げられたこと。雑に扱わされたことを話して共有したい」

 

そう思うのであれば、話せそうな人や信頼できそうな人に、聞いてもらってもいいと思います。

誰かに助けてもらっても、それは悪いことではないです。

 

確かに相手の負担になる要素もありますが、助け合いともいえるからです。

 

ただ「自分がしたこと、与えたことは何かの形で返る」

というだけです。

 

人生の中で辛い時、しんどい時というのは、時に誰かに頼ってもいいと思います。

もちろん、相手に過剰に負担をかけるのは良くないですが(それもいずれ返ってきます)

 

なので、誰かに聞いてもらい共有してもいいのですが。

 

 

今度は自分が別の誰かの、受け止め役になるというだけです。

 

それは同じ形かはわかりません。

もしかしたら「八つ当たり」のような形かもしれません。

 

「私は誰かの聞き役や受け止め役になることが多い…」

「愚痴を聞かされることが多い気がする」

と思う人は、気付いてなくても自分が誰かに同じようなこと(ネガティブを他の人に共有させる)をしていた可能性が高いです。

 

もし記憶にないなら、忘れてるかまたは過去世のことかもしれません。

 

愚痴を聞かせるという形でなく「今日見た○○の映画あんまり面白くなかった」などのような何気なく発したりネットに書き込んだ、ネガティブ発言かもしれません。

 

ネットやSNSにネガティブな下げる内容を悪気なく書き込んだ場合も、それを見た不特定多数の人達も巻き込むことになり、カルマ(原因)を作ります。

※カルマとは罪のことでなくただの「因果」です。撒いた種のようなものです。

 

★カルマの影響が気になる方や対処したい方はこちらがおすすめです

 

 

誰かの愚痴を聞くことでカルマの解消をしている意味があったりします。

私の体験談 誰かに受け止めてもらったなら、今度は自分が受け止めればいい 

 

私も振り返ってみると、昔は「同情を得ることに快感を感じる」タイプで、愚痴や弱音をよく人に聞いてもらってました(リアルだけでなくネット上も含め)

 

罪悪感はなかったです。

 

「私は可哀想なんだから当然の権利」

とすら思ってました。

 

そして、私は「誰かの聞き役や受け止め役になることが多い」タイプでもあり、よく聞き役や受け止め役、同情や共感する役をしてきました。

 

それも、自分がしたことが返ってきてるんだなと気付きました。

 

自分が散々誰かに甘えて助けてもらったんだから、今度は自分が誰かに甘えてもらい助ける。

 

それでいいんじゃないかと思います。

 

なので、別に誰かに話してもいいし、聞いてもらってもいいのですが。

 

「いずれ自分にもそのターンが回ってくる」

というだけです。

 

なので、自分がどうしたいか決めればいいだけだったりします。

 

愚痴を聞かされるポジティブなスピリチュアル的意味もある

 

ただ人によっては「明らかに自分が聞き役や受け止め役のウェイトが多い」場合もあると思います。

 

それはカルマの解消もあるでしょうが、善行(徳)を積んでる場合もあります。

 

誰かの愚痴を聞くことで相手は多少は楽になり助けられてます。

 

自分一人で抱え込むだけでなく、誰かに聞いてもらうことで、解決はしなくても癒しや救いにはなります。

それは善行や人助けです。

 

その場合はポジティブな形で何かしら返ってきます。

 

 

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