私は、ADHD系タイプの友人が数人います。
正直な所、その友人たちには過去に何度も振り回されたり、疲弊したりもしてきました。
トラブルメーカーであり、巻き込まれることも何度もあったり。
また平気で嘘をついて、本当のことのように話す厄介な面もあります。
時間にもルーズで、慣れたら対処できるからいいですが、慣れるまでは数時間待たされたり約束をすっぽかされることも何度もありました。
そして本人は罪悪感もなく、後で平謝りするだけです。
また、共感力がやや低い傾向もあるかなと感じます。
なので共感はしてもらいづらいです。
常識が通じないと感じることは多々あります。
※ADHD系の方が常識がないわけではないです。一般的な常識は持っている方も多いと思います。
その人達の身勝手な行動や言動により傷付いたこと(中には鬱状態になったりトラウマになったことも)も何度もあります。
ADHDなど、発達障害系の人というのは昨今では「被害者」のように語られることも多いと思いますが。
私の経験上では、むしろ周りの人間が迷惑をかけられたり疲弊や消耗させられる、時に傷つけられることだって少なくないと感じます。
有名な「カサンドラ症候群」などが典型例ですね。
また毒親がASDというケースもあるようです。
もちろん、本人も苦労や生きづらさがあるでしょうし、理解することは必要ですが。
周りの人が害を受けたり傷つけられてしまうことが少なくないことだって、理解されるべきではないかとも、自分の経験上からも個人的には感じてます。
ですが。
そのADHD系の友人たちのおかげだなと思うこともあるなと思い、今回シェアさせていただくことにしました。
それは、その友人たちの良い所は「真面目じゃない」所です。
確かに真面目さというのは長所であり美徳です。
私も元々真面目な性格な方だと思います。
ただ・・・
真面目すぎてしまうというのは「頑固」「融通が利かない」「時に他人を傷つけてしまう」要素もあったりします。
真面目過ぎると、無意識でも完璧主義のようになったり、物事に関してきちんとしないといけないと厳しくなりやすいです。
「〇〇であるべき」「〇〇でないといけない」
という自己ルールが強くなってしまいがちです。
これは「ブロックが強い」人の特徴でもあります。
そして厄介なのは、その「〇〇であるべき」「〇〇でないといけない」を他人にも無自覚でも求めてしまいやすいことです。
他人に対しても「〇〇でないといけない」と思い、自分の正義や正しさで断罪してしまう…。
自分の正しさや物差しに固執するあまり、他人にもそれを求めたりジャッジしてしまう「融通が利かない頑固者」
さらにそれがエスカレートすると「自分の正しさを使って、他者を支配・コントロールしたがる人」になりかねないです。
こういう困った人(エネルギーバンパイア)というのは、知り合いなどに覚えがある方もいるかもしれません。
日本人は民族的に真面目さが強い風潮があるように感じます。
ここで私の話に戻します。
ADHD系の友人たちは、確かに常識が通じないこともあり、振り回されたり迷惑をかけられることもありました。
ですがその友人たちは「他人のミスや失敗を責めない。他人の非を許せる寛容」な人たちでもあります。
その友人たちはとても心が優しい人たちなのです。そして軽くて陽気です。
それは間違いなく美徳で、その友人たちの良い所です。
私もその人達のそんなところに、救われた面も大きいです。
その友人たちは「真面目ではない人」だと思います。
私は元々、真面目だし頑固なタイプだと思ってます。
ですが、その友人たちと交流していったことで真面目さが中和され、「不真面目さ」も出るようになりました。
もしその友人たちと交流することがなければ、私はもっと頑固で融通が利かず、自分の正しさを他人に求めすぎる人間になっていたんじゃないか・・・
今も、そういう部分が全くないとは言えないですが、その友人たちが変えてくれたんだと思ってます。
「真面目過ぎなくていい、不真面目さだってある方がいい」
その友人たちの適当さや寛容さが、そう思うことを許可させてくれた。
そう思うのです。
※注意
とはいっても、これはあくまで私の周りでの話であり、ADHD系の人が全員当てはまるわけではないことはご注意ください。
真面目過ぎる人や頑固なタイプの人もいるとは思うので。
