食べること。
これって生きていくうえで切り離せないことで当たり前のことですよね。
だからこそ、食べることに関しても、当たり前、常識がなかなか外せないのかもしれない、なんて最近思います。
食べるイコール生きる
この図式があまりにも当たり前になりすぎていること。
でも、不食で生きている人たちも存在しているらしいし。
食べていかないといけないから、お金も稼がないといけない、みたいな表現もされたりしますよね。
まあ、いきなり不食で生きようとしても、実際は難しいと思いますけど
じゃあ動物はどうなの?みたいな意見も出てくるだろうし、不食ってのも可能性の一つということでしょうね。
不食で生きていける人たちはエネルギーをうまく取り入れてるんでしょうね。
太陽エネルギーとか。
呼吸からでも取り入れられるし、陽を浴びることでも取り入れられますよね。
こういう話ってスピっぽくて、抵抗ある方はごめんなさい
けどこのブログ読んでる方はスピに抵抗ある方はあまりいないかな?
不食や食べ物の固定観念ということについて、ちょっと勉強会があったんです。
詳しい内容は門外不出で、シークレットで書けませんが。
ただ、私たちって、食べ物についても良い悪いのジャッジを当たり前にしてるし、たくさんの固定観念に縛られてるのかもな…なんて思いました。
食べるって栄養を取り入れるためですが。
つきつめればエネルギーを取り入れるってことなんじゃないかと思います。
何を食べるかより、どんな気持ちで食べてるか。
こっちの方が実は重要なのかも?
体に悪いとされるものって、食べるときに罪悪感や恐れがあったり、潜在意識に悪いって情報が入ってたりして、それを(無意識でも)信じてるから、結果的に体に悪いという現実を創るのかも。
おっと、あまり書くとシークレットじゃなくなっちゃうんでこのくらいにします
喜びと共に食べたり、自分にとって心地いいかで選んだり、あとはこの食べ物が目の前に現れるまでにいろんな人や存在たちが関わってくれててやっと食べることができるから感謝の気持ちで食べる。
それとエネルギーを取り入れるって意図することかな?
こういうのだけでも違うんじゃないかって思ったりします
※あくまで個人的意見なので信じるかどうかなどは自己責任でお願いいたします。批判などは申し訳ありませんがスルーします。
