というわけで、どうにもならなくなって今年の1月いっぱいで

お薬コントロールしてたクリニックをやめました

 

年末年始に集中した13回の発作はキツかったです。

発作時間長かったし、連日だったから クリスマスもお正月もなく

元日も発作起こしてたから冷凍庫に小分けに入れてたご飯に納豆だけ。

友達が段ボールにぎゅうずめに送ってくれる食料がどんなにありがたかったか。

 

やっとオペ病院への紹介状を取り付け、2月に遠路はるばるお願いに行ったけど

「さらさら薬が飲めなくて、さらに出血がある人は手術出来ない」と断られました

 

そして3月 循環器の医療機関を探して今の大学病院へ

隣の駅とその隣の駅前に大きい病院あったんですよ。でも面倒くさい患者はどちらも今掛かってる大学病院へ送り込まれることが分かったので、最初から(4回も乗り換えて遠いけど)今の病院にしました。

 その選択も間違ってたかもしれない。

 

 

大学病院では3月から抗疑固薬はワーファリンにしてくれて、それを自分で工夫して飲めて、脳梗塞予防の基準値に達した所で、8月末再度2月に断られた遠方の病院へ電話しました。


3日後に診察受けてもらえてカテアブ承諾してもらえて、その場でエコーまでやって2週間後には手術。

 

あれよあれよと言う間でした。不安抱く時間も余計な事考える時間もなかったです。

 

スーパードクターである大ボス先生は監督だけと聞いていたけど、私の場合はリスクがありすぎて

大ボス先生しか出来なかったようです。精一杯の事をやって頂けたらしいです。

 

大学病院の主治医が何度も言ってました。あなたのようにリスクの大きい人を良く引き受けてくれたね。

さすが〇〇病院だ。大したもんだ。素晴らしい。と。

 

カテーテルアブレーション手術は、4本の肺動脈を囲い込めば大抵の人は治まるらしいけど 私はそこはほんの出発点で そのあと「9/20アブレーション手術」で書いた通り焼灼しまくりました。

 

 

そしてなかなか元に戻らない今があります。

 少し動けるようになって思う事。

 術前はこんなじゃなかったのに!

 

あの連日発作の日々を考えたら、感謝しかないはずなのに。

前は、私の体は、こんなじゃなかったと思うのです。

回復遅くてまだまともに動けないけど、

そういう事ではなく、自分の身体じゃない気がするんですよね。

 

関東から関西から動き回ってるプロ友Yさんが、完全に元に戻ったのは一年後くらいと書いておられました。

・・・・そういう事なのかなあ。