私達家族が母の現状に納得出来ず、再び先生からの説明となりました。もちろん、前回と変わらぬ説明です。副院長も同席でしたが、なぜか半笑いむかっ偉そうで無愛想な先生が多いなか、ニコやかで話しやすい先生ねラブラブ母が元気ならきっと、そう思えたはず。けれど、今の私達には、神経を逆撫でする笑顔でしたよ。



「検査中、酸素レベルが下がったのでレントゲンを撮ると、痰が詰まってました。チューブを入れてると分かりづらいんです。でも、その後すぐに心肺蘇生を開始しました。今カルテを見直しても、あの時の処置に間違いはないし、全力を尽くしました」



何度聞いても、どうしても納得いかない。だって、歩いて病院来たんだよ?長生きしたいなら手術した方がいいって先生が言ったんだよ!それに、手術は成功したんでしょ?なのに、何で元気にならないの?母だって3日程で帰って来れると思って、部屋も片付けず、今も母がいた時のままなんだよ。何も変わってないのに、母だけがいない。悔しくて、悔しくて、悔しくて、悲しくて…



母が入院して、明日でちょうど1年になります。1年前、入院する前の母からのラインです。



頑張るよ😃あんまり心配しないようにね



大切な人との別れはどんな形でも、納得できる人なんていないし、後悔しない人なんていないだろうけど、自分のやり場のない気持ちに、叫び出したくなります。余命宣告された訳でも、倒れた訳でも、事故にあった訳でもない、ただ病院に検査をしに行っただけなのに、いったい誰が悪いのか?誰を恨んだらいいのか?



転院の話も進んでるし、これからの事を考えなきゃいけないし、これ以上病院に何かを望んでも無駄だろうし、そもそも、母をこんな風にした病院を信用してないから、どんな説明をされても納得できないし…心肺停止に、すぐには気づかなかったんじゃないか?モタモタ処置したから、手遅れになったんじゃないか?他の病院なら防げた事故なんじゃないか?という気持ちが、どうしても消えない。



先生の話の後に、久々母に会えました。少しでも回復が見られたら、明るい気持ちになれたのに、昨日の母はほとんど目を瞑ったままでした。看護婦さんは「覚醒にはムラがあるので、調子がいいと、目をつぶって、開けてとか、簡単な指示には反応する時もあるんですよ」と言っていたけど…お母さん、たまにしか会えないんだから、心配させないでよショボーン



今日はブログを書きながら、母の事を思い出して、何度も泣いていました。あと、ドラマPICU。癌の母親に言った一言。「諦められる時間を下さい」これには涙腺崩壊えーん母が突然意思疎通出来なくなって、私には諦める時間も無かった。元気な母に、夏に会ったのが最後だなんて、夢にも思わなかった。検査入院から予定通り1度退院して、危険な手術らしいって覚悟を決めて、再入院して今みたいになったら、納得出来てたかなって。実際、時間がどれだけあっても、諦められないでしょうけど💦