Megu(Negicco)「いつかきかせて」のビデオを観た。 | …

i am so disappointed.

月曜の夜、仕事が長引いて高円寺からタクシーで帰ることになった。車中でツイッターのタイムラインを追っていると、Megu(Negicco)の新曲が発表されたということであった。これは聴かなければいけないと思ったのだが、iPhoneのYouTubeアプリでお手軽に聴くにはなんだかもったいないような気がして、後からゆっくりと視聴することにした。

 

ゴールデンウィークには例年と同じように仕事をしていたのだが、その直前に恵比寿のBATICAというクラブで行われたイベントに行った。私がかなり好きな札幌出身のオーガニックガールズユニット、WHY@DOLLやDJ Megu(Negicco)が出演するのが行こうと思ったきっかけであった。小西康陽さんをはじめ、他のDJの選曲も素晴らしく、おそらくあの日トータルで最も楽しんだのは私なのではないかというぐらいに最高のイベントであった。はじめての現場だったので心配症かつ前売券を買いそびれていたために少し早めに着いたのだが、まだしばらく時間があったので、ふたたび恵比寿駅方面に戻ることにした。すると、スタッフと一緒にDJ Meguが歩いてきた。ものすごいオーラであった。美しい、顔が小さい、キラッキラしているという、一般人が芸能人を街で見たときの反応そのもの、それ以外の語彙が思いつかないレベルの強度であった。

 

DJ MeguのDJセットはJポップやアイドル・ポップスが中心であり、ファンの人たちはひじょうに盛り上がっていたが、私にはよく分からない曲もわりと多かった。しかし、選んだ曲をつないでいくDJ Meguがそこにいるだけで、圧倒的にポジティヴなオーラが感じられ、しあわせ指数が上昇していくようであった。誰がネガティヴ・ガールズやねん。

 

出番が終わった後で一部のNegiccoファンの人たちは帰ってしまったようなのだが、その後、小西康陽がNegiccoに提供した「アイドルばかり聴かないで」をかけるとふたたびDJ Meguが登場し、私からの至近距離でキレッキレのダンスを披露するという素晴らしすぎる展開があった。それから、ふたたびDJ MeguがDJをはじめ、私の大好きなNegiccoの「二人の遊戯」もかけてくれた。

 

その日は夜も遅かったので、翌朝からの仕事に備えてすぐに眠った。翌日、朝から仕事をして帰宅して、やるべきことを済ませ、いよいよ再生することにした。タイトルは「いつかきかせて」で、さよならポニーテールというバンドのふっくんという方が作詞・作曲、マウマウという方が編曲を手がけているようである。

 

再生ボタンを押すと、すりガラス的なものが入った引き戸を開けて、グレーのパーカーを着たMeguが現れる。どうやら夜の気配である。そして、おそらくコンバースのスニーカーを履く。そして、音が流れるのだが、20秒ぐらいのところで一旦止めた。Meguのヴォーカルはまだ聴こえていない。つまり、イントロである。Negiccoを知りはじめていろいろ調べていた頃、「Rice&Snow」リリース時のDJ Meguの動画を見つけた。Negiccoの「クリームソーダLOVE」と私が大好きなモーニング娘。「ポップコーンラブ!」を続けてかけていて最高だったのだが、「二人の遊戯」もかけていて、この曲がすごく好きだというようなことを言っていた。それから、私は中野サンプラザで行われたNegiccoのライブに行った。やはり「二人の遊戯」のときに、音楽を純粋に楽しんでいる自分に気づき、これはもはやアイドルのライブのノリではなく、当時の私にとってまったく新しい体験をしているなと実感したのであった。

 

「いつかきかせて」のイントロ約20秒間、「二人の遊戯」のような夜のシティ・ポップ感を感じた。さよならポニーテールというバンドの音楽を私はおそらくちゃんと聴いたことがないのだが、これはかなり期待が持てそうである。そう思ってそのままビデオを観ていると、曲はひじょうにカッコよく、Meguはただただ美しい。スポーティーでおしゃれで最高である。これは完璧に限りなく近いのではないか。

 

クール・ビューティーに見えて他のアイドルがものすごく好きだという側面もあるMeguは、ボーカルにおいてもその人柄を反映してかとても優しかったり可愛く歌ったりするところもある。Negiccoを知りはじめた頃、Negiccoのメンバーの中でMeguのキャラクターだけがどうもうまくつかみ切れずにいたのだが、その感覚はいまもあまり変わってはいない。

 

このブログはアイドルとかNegiccoとかにまったく興味がない方も読まれている可能性が高いため、いまさらながらの情報をあえて書くが、NegiccoのNao☆は「なおちゃん」、Kaedeは「かえぽ」、これは何となく分かりやすい。そして、Meguの愛称は「ぽんちゃ」である。まったく分からない。子供の頃にいつもポンポン飛び跳ねていることから「ぽんちゃん」というあだ名がつき、それが縮まって「ぽんちゃ」になったらしい。最高ではないか。小さい子供とは基本的によく飛び跳ねがちではあるが、あえてあだ名になるとは一体どれだけ跳んでいたのだろうか。

 

私はNegiccoのことが音楽アーティストとして好きであり、いわゆる特に推しているメンバーもいないのだが、このビデオに映るMeguの表情や仕草ひとつひとつにはどうにも抗うことができない魅力が感じられる。

 

日本のアイドル文化が成熟する中で、多様化されたわけだが、それによっていわゆる「大人のアイドルポップス」というものが可能になった。

 

たとえばロックンロールが生まれた頃は、若者による大人への反抗文化として認知されていたのだが、ジャンルそのものが歴史を重ねる中で、もはや若者ではないのだがロックンロールを卒業しない、出来ない人たちという層が生まれてきた。そこで、「大人のロック」なる、創成期においては語義矛盾とも捉えられかねなかった概念が現実化したのである。

 

日本のアイドルポップスはもはやそのようなフェイズを迎えていて、かつては中高生の疑似恋愛的な内容であったが、いまや「大人のアイドルポップス」が可能になっているという話である。

 

ポップ・カルチャーには、幼児退行的なものとそうではないものとがあるような気がする。どちらがどちらよりも優れているとかではなく、これはおそらく好みの問題なのであろう。私は個人的には幼児退行的なカルチャーにはまったく興味がないというか、行き過ぎた場合には嫌悪感すら覚えるレベルである。所詮は趣味なので、幼児退行的な文化を愛好しながら実社会ではものすごく大人として有能なことをやっている人たちもたくさんいる。だからこれは本当に優劣ではなくて、単に好みの問題だと思うのである。

 

「傷つくことさえすべて 君の笑顔のせいで眩しく見えた」

 

これが青春であり、おそらく特にいい大人になってまでもアイドルファンでいるような大人たちというものは私も含めて、ある程度このような感覚を引きずっているか、それを至上のものとしている部分があるのだろう。その辺りのバランスが上手く取れていて、現実生活もちゃんと充実していながら、あくまで趣味としてアイドルを推しているというような印象が、Negiccoのファンには何となくある。それが、Negiccoのファン層をより広げる要因にもなっているような気がする。ものすごく熱いのだが必死すぎない、もしくはなるべくそうは見せないことを良しとするような、いわゆる民度の高さのようなものを感じることがある。つまり、大人なのである。

 

「扉開いて また 大人になる 淋しいけれど もう1人で行かなきゃだよね」

 

このシングルはMeguの29歳の誕生日を記念してリリースされるようである。Negiccoのリーダー、Nao☆は先日、30歳になった。女性の年齢についてあれこれ言うのは趣味ではないのだが、かつてはとっくにアイドルを卒業し、女優やバラエティータレントになるか引退していなければならないような年齢である。ところが、Negiccoはいまも健在どころか年々進化を続けているような状況である。

 

ジョン・レノンの曲で「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」というのがある。死語にリリースされたアルバム「ミルク・アンド・ハニー」に収録されているのだが、 直訳すると「僕と一緒に年老いていこう」というものである。

 

NegiccoのNao☆が30歳の誕生日翌日にリリースした本人作詞によるシングル「菜の花」の「これからも ずっと See you tomorrow」は、これに匹敵するものなのではないかと考えている。

 

大人になっても若者のようなテーマを歌うのではなく、大人なりの内容を歌うことによって、ジャンルの守備範囲を拡張していくという、Negiccoはそのようなパイオニア的な役割を担う、本当の意味(前人未到の境地)での破天荒なアイドルグループなのだと、改めて思うのである。