始めまして。私はファミコンと同じ歳で太宰治と同じ誕生日に生まれた福岡の大学生です。

性格は喜怒哀楽がころころ変わるけど、おっとりしている方、と勝手に思っています。

趣味は読書と考え事。はっきり言って夢想家です。


このブログを始めたわけは、我が家族の惨状を面白おかしく笑い飛ばしてしまおうと考えたからです。

まるでホッブズの『リヴァイアサン』に出てくる『万人の万人に対する闘争状態』を髣髴とさせる我が家。しかも、みんな自分が一番と思い込んでいるらしく、この事態を治めてくれる者は未だ現れず。

通っている大学の先生等に家族の話をすると、「見るのは楽しいが実際に暮らすと命が足りない」といわれ、ゼミの先生からは「何かに書き留めた方がいいよ」と促されました。

机に向かうとあがってしまう私なのと、時々暴言を吐くことがあってつたない文に鳴ると思いますがどうぞご贔屓を。

ちなみに、内容は思い付いた順です。なにせ、数日にわたって修羅場になることもあるので。

時々、個人的な妄想やネタ集が挿入されることもあります。

最悪でも2週間に1回は更新しようと考えています。




まず、手始めに、私が今パソコンを打っている部屋に関する話を。


我が家の敷地は細長い。百坪はあるはずなのだが細長さのせいで狭く感じてしまう。形は電話の受話器の形を想像してもらったらいい。中廊下式配置の真ん中に明り取り用の中庭があるためコの字型になっている。さらに、大家族だった頃の名残で公に気を使いすぎたせいでプライベートはおろそか。お座敷は広いが個人用収納は少ない。

私が今居るのは、お座敷のある北側にチョコンと乗っかったような6畳×2をふすまで仕切った二階部分。ふすまを取り払えば西を正面とした三面採光、しかも、北はオーシャンビューといい部屋なのだが、ふすまで仕切ってあるのと後に述べる事情により好条件が台無しになっている。


惨劇・悲劇はいつも唐突に訪れる。


私ははっきり言って気が弱い。

保育園でびっしりと常識を叩き込まれ、祖母に殴られつつ礼儀作法と我が家の常識を仕込まれたせいであろうか。頼み事ををされると無視するか、無視した後に「仕方が無いなぁ・・・」と引き受けるかのどちらかが多い。


かくして、喧嘩にはめっぽう弱い。

この前高校に入ったばかりの早生まれの弟に些細なこと(内容は失念した)で二の腕をあざが出来るまで袋叩きにされたこともある。(ちょうど夏だったのであざが見え見え。これには大学の先生も言葉を失ったようだ。)逃げようにも三方を壁に囲まれた場所で逃げるには反撃するしかないが、到底反撃することが出来ようもなく・・・

・・・彼は小学校入りたての頃、私に包丁を突きつけてきたので「私が死んでもいいの?」と聞いたら「うん。」と即答したり、私や、彼の姉である私の妹に殺虫剤を平気で吹っかけてきたことがあったので、未だにズルズルとその記憶を引き摺っているわけで・・・

オマケに彼は、我が家で唯一の男の子。昔気質の祖母にとっては家長扱いだし、母は母で甘やかして育てた風がある。


かくして、悲劇は起きた。


それは、弟が奇跡的に近所の公立高校に受かった直後の一言から始まった。

「ハヤミ~、お前の部屋もらうからな。」

弟妹は私のことを呼び捨てにする。それだけ私は見下されている訳だが、もう慣れた。

「何よ、いきなり!!」

「だって、お前、部屋、使って無いじゃん。」

・・・実は私、寝坊癖が原因で1年半ほどまともに大学に通っていなかったのだ。

今年こそは、と思っていた矢先の事だった。

「部屋替えなんていきなりやるものだし。」

「いくらなんでも今すぐは無理。(・・;)」

「今日中にやれ!!」

流石に夜だったのでこの日は祖母と母に言いくるめてもらい、後日に、ということにしたのだが・・・

・・・小学校に入ってからこの方15年、妹に度々奪われながらも何とか机の位置は死守してきた私にとって、荷物を今すぐ出せ、と言う命令は受け入れがたい。ちなみに妹は、父が住む離れ(無線小屋)に部屋を作ってもらってほぼ一人暮らし状態。少し羨ましい・・・。

最大の問題は引越し先だ。

我が家の登記は祖母である。つまり、家の主は祖母。祖母にとって家族は『間貸し』で住まわせているに過ぎないらしい。家の物は誰が買ってこようと自分のもの。これが祖母の常識。

そして、二階は元々の住人だった父の弟妹が居なくなってからは祖母のプライベートルームだ。現に、祖母の箪笥や着物や貴重品諸々が二階に鎮座している。(ちなみに、廊下も祖母の箪笥で狭くなっている。)

その箪笥は南向きの窓を半分以上ふさぐ形で置いてある。日よけのためらしい。

しかも、現在いる部屋の窓からの景色(博多湾一望)に愛着があるし・・・。


しかし、ことは非情にもどんどん進む。

簡単には折れないだろうと思っていた祖母が部屋の明け渡しにあっけなく応じた。相手が我が家唯一の男の子だから。

「男が先、女が後!!」と一喝され、更に「今日中に」を繰り返し、強制退去をも辞さない構えの弟に数日後、私はついに折れた。

泣く泣く隣の和室に机を移動。本棚や本や雑記の類もグチャグチャにされながらも搬送。

問題となったのが祖母の私物(一部、前の住人の叔母の物)。棚を置く場所を取るにはこれをどかさなければならないのだが、祖母は頑として拒否。

「一緒に詰め込めばいいじゃないか!!」

これが祖母の見解。

結局、ああだこうだと言い合った結果、これらのものは現在、私の背後に山のように詰みあがっている。


弟の引越しも終わり、何とか、一段落したな、と思ったのもつかの間だった。

北側の部屋には触ってはいけないクローゼットがある。祖母や父の礼服が詰まった物だ。

かつて妹がこの部屋を占拠した時、コノクローゼットの中身を掻き出して隣の部屋(現在私が居る場所)の天袋に詰めたがために祖母に大目玉を食らったことがあった。

弟にこのことはちゃんと伝えたはずだった。なのに・・・

弟は妹と同じことをやらかし、同じ目に遭ったのだ・・・。(゚_゚i)

やな予感がしてクローゼットを開けるともぬけの殻。祖母に報告すると、当然の如くカンカンに怒り出した。

ぶつくさ言う弟をBGMに、せっせと天袋から大量の服を掻き出す祖母と私。

理由は服の収納スペースを作るため。


これで済んだ、と思ったら、最後の最後にとんでもない事がおきた。


入り口とふすまの内側から鍵をかけられてしまい、弟が居る間は部屋に干渉できなくなってしまった後の事だ。

風呂場のはす向かいに脱衣場のつもりで作ったらしい和室が有る。今は物置小屋になっていて、祖母と父の服やガラクタや祖母の当座のお金などがある。そこに、私もどてらといくつかお洒落着を置いていたのだが・・・

そこから弟がせっせと服掛けを搬出していた。そのときは母があまり着ない雑多な服を掛けていた一つだけだったから「まあいいだろう。」と思っていた。

翌日、とんでもない惨状を目の当たりにした。

私の服を合わせた、吊るしてあった服が全て放り出されていた!!

怒ってはみたが「お前、服、着ないだろ!?」と罵られ、更に、すでに服掛けは使用中・・・。


弟よ、お前には思いやりの気持ちは微塵も無いのか!?


かくして、現在に至る。


ちなみに、放り出された服がどうなったのかは別の話で。