セローに乗るようになって以来、GPZ750Rには殆ど乗らなくなっていた。
週末は林道ツーリング(アタックツーリング含)、MXコース走行、
エンデュ-ロレース三昧の日々を送るようになっていた。
(↑ミズノオフロードエンデュランス、1990年代前半、ミズノはパリダカールラリーに参戦する日本人をサポートする
オフィシャルスポンサーとして、年間4戦日本国内各地でオープンエンデューロを開催していた。兵庫県では毎年秋に最終戦が神鍋高原万場ゲレンデ特設コース(1周7km)で2日間にわたって開催された。)
エンデューロでの上位入賞を果たすため、筋力持久力upのためジム通いを始めたのもこの頃。(ジム通いは今も現役)
モトクロス経験者にテクニックで負けても持久戦のエンデューロで競り勝ちたかった。
そんな生活を続けていた1989年夏の終わり
同じセローに乗る友人と林道ツーリングからの帰り、休憩に立ち寄ったドライブインで出会ってしまった。
それは、遠目にはHONDA XLR250Rに見えた2台の赤いオフロードバイク。
彼らも林道ツーリングからの帰りだろうと、そのバイクに近づいてみた。
んんーっ何か違う?
フロントフォークのキャスターが寝ている。しかも長い!。
そして異常に高いシート。
タンクに「600R」シートに「XR」のロゴが・・
初めて見るバイクだった。
おおーっと怯んでしげしげ眺めていると見覚えのある二人がバイクのところに帰ってきた。
SR400改SR500のモデファイをしてもらった今は亡き某shopに出入りしていた頃顔見知りになっていた二人だった。
当時からその二人は、限定解除をしながらも大型ロードバイクには乗らず、ビッグオフのHONDA XL500SやYAMAHA テネレ600に乗って林道ツーリングに明け暮れていた。
1985年前後にはそれらのバイクにロードバイクのホイールとタイヤを履かせ(モタードという言葉がなかった時代)
中山サーキットのシングルレースに出走、フルチューンされたSRやSRXをライバルに年間シリーズ1位、2位を競い合っていた猛者である。
その二人も私のことを覚えていて、私が二人のバイクに興味を示すと試乗を勧めてきた。
私も遠慮がなく有難くお願いした。
2台のXR600R
1台はUS仕様。
もう1台はオーストラリア仕様だと言う。
その違いは
純競技車のUS仕様(アメリカでもナンバー取得出来ない)
一般公道走行を前提にしたオーストラリア仕様
やや高回転寄りの特性をしたカムプロフィールのUS仕様
低速からドカンとトルクが出る特性をしたカムプロフィールのオーストラリア仕様
それに合わせて見た目は同じなのに内部構造の異なるサイレンサー。
ということであった。
初めて乗るので、低回転域が扱いやすいUS仕様を先に試乗してみてと勧められた。
進めに従いUS仕様から試乗させてもらおうとバイクに近づくと、そのシート高に圧倒された。
数値は忘れたがXR600Rのシート高は930か940mmあったと思う。
しかもエンジン始動はバッテリーレス車のためキックのみ。
デコンプの使い方を教えてもらいキックすると数回で難なく始動できた。
驚いたのは、メーターには速度計とハイビーム表示灯があるだけ。
ニュートラルランプすら装備されていなかった。
ローギアに入れ、軽くアクセルを開けてクラッチを繋ぐと、思わずのけ反ってしまった。
そして路面を搔きむしるような感覚で加速していく。
アクセルに遊びというかパーシャルがない
開けると即加速、戻すと強烈なエンジンブレーキがかかる。
オーストラリア仕様はその傾向がより一層強かったが上が余り回らない印象。
セローの友人ととっかえひっかえ交替しながら試乗。
その強烈なトルクとトラクションにすっかり魅了されてしまった。
XR600Rの二人が先に帰って行ったあと
残されたセローの友人と二人、言葉が出ないくらい強く印象つけられていた。
つづく
