私が自動二輪免許を取得したのが1981年秋

小型二輪免許からスタートした。

1981年冬に中型二輪取得

すぐさま限定解除に挑戦するも高いハードルに阻まれ3回の挑戦で一旦休戦協定。

 

中型免許を取得して最初に乗ったのがHONDA CB250RSZ

乗り始めて半年後に強引に右折してきた四輪車と衝突

バイクは全損、私は奇跡的に軽傷だった。

 

二台目はHONDA CBX250RS

納車後わずか二か月で追突され全損。

信号待ちしているところにノーブレーキで四輪に追突された。

その時私は一瞬何が起きたかわからず、

気づけば追突してきた四輪のフロントガラスと屋根の境目に乗っかっていた。

幸いこの時も私は奇跡的に無傷。

 

三台目はYAMAHA SR400

(のちにSR400改SR500。クランク、コンロッド、キャブレター、リヤスプロケットをSR500用に換装。)

SRに乗っていたころカワサキメグロSG250を譲り受ける。

SRは車検時に元に戻すのが面倒になって知人に売却。

 

四台目はYAMAHA SRX-4(SR400改SR500を売却したのが元手)

SR400改SR500との走行性能差に辟易し2年後の車検切れで売却

 

1985年末に限定解除するも経済的な余裕がなかった。

 

SRX-4の後継の五台目はYAMAHA FZ250フェザーの新古車

よく回るエンジンだったがトルク感が希薄で僅か1年で乗り換え

 

六台目七代目は同時進行 贅沢したな、大型が買えた。

ほぼ同時発売だったYAMAHA TDR250,HONDA AX-1

 

ロードでもない、純オフでもない乗車感覚に惹かれた。

 

贅沢にも八代目を増車、Kawasaki GPZ750R

 

映画トップガンで一躍火が付いた忍者ブーム

売れ筋はもっぱらGPZ900R。

さすがに高くて手が出ない!

そんな時、国内専売のGPZ750Rの新古車が安く買えるときいて即決。

GPZ750RⅢ型にカラーリングが好みなⅡ型の外装に換えてもらった。

にわかに信じ難いのがこれで総額50万円未満だった。

GPZ900R忍者の新車は仕様により当時140~150万円した。

 

1986年? YAMAHA XT200の後継機種として誕生したのがセロー225

人気絶頂だったSUZUKI GSXR1100に乗っていた友人が

突如それを売却して買ったのがセロ-だった。

なんでやねんって言いつつ乗せてもらうと目からウロコ

なんて愉しいバイクだと

GPZ750Rを残し他のバイクをすべて売却して同じセローを購入!九台目となった。

 

セローで本格的にオフに目覚め

モトクロスコースを走りに行ったり

アタックツーリングをやったり

DT200RやCRM250、KDX200SRを持つ友人とエンデュ-ロにも参戦するようになった。

(友人のKDX200SRで参戦したエンデューロ、この時3位入賞)

 

 

また林道求めて遠方までしばしばツーリングにも出かけた。

四国「剣山スーパー林道」高知県側入口近くの「別府峡温泉」

 

「剣山スーパー林道」に入ってすぐに工事中に遭遇

暫く待って通してもらった。

(↑私は左。右が友人。共に当時20歳代半ばから後半)

 

工事個所を通過してすぐ、友人のセローがパンク。

(パンク修理する私)

 

続く・・・