初めて買った詩集は『20億光年の孤独』だったかもしれない。
たくさん素敵な詩があるけれど、国語の教科書に載っていた『朝のリレー』がいちばん好きだ。
登校の朝、思っていた。
メキシコの娘はもうバス乗っただろうか、ローマの少年は円柱のそばに立っているだろうか?世界中のどこにも朝を迎える子どもがいるんだな。順繰りに。地球の回転につれて朝が来て、バトンを渡されたみたいに、今はわたしの番なんだな。
胸が熱くなるような、ほっとするような、見たこともない知らない国のどこかに、いつか友だちになる誰かがいることを教えられたような、ふしぎな感動だった。
難しい言葉はなくて、わかりやすくて、それでいて肌触りや匂いや温度まで伝わってきた。
死は生の反対みたいに思われているけれど、生に繋がっている、生の端っこにある、死は怖くない、楽しみ。次は何になろうかな。
そんなことをおっしゃっていた。
端っこに到達して、今はワクワクしているのかな?
新しいからだで、新しい場所に踏み出しているのかな?
いつもどこかで朝が来るように、今もどこかでだれかが生まれ、どこかで死んでいる。
怖くない、楽しみ、とまでは思えないけれど、少し、不安が薄くなる気がする。












