その日の風は乾いていた。
高い位置でゆっくりゆっくり雲が流れている。
空の色が薄く濃く流れている。
そんな日に、不死川実弥は煉獄屋敷の門をくぐった。
庭先で出迎えてくれたのは当主の煉獄槇寿郎だった。
槇寿郎は若輩の実弥に腰まで頭を下げ、訪の礼をした。凛とした佇まい。
洗い晒しの涼やかな着流しからは日向の匂いがした。
言葉少なの元炎柱は、会釈で客人の相手を息子の千寿郎に引き継いだ。
煉獄家に特徴的な髪が廊下の庇から差し込む光にきらきらと輝いて、実弥に懐かしい記憶を思い起こさせる。
先導する千寿郎の背中には、初めて会った頃の彼のような、まだ成長途中の少年の気配がある。肩口で跳ねる赤い毛先が踊っているようなのも同じだ。
「風柱さま、本日は、兄のためにありがとうございます」
「あァ…… いや、突然の訪問で、こちらこそ申し訳ない」
畳の上でお互いに頭を下げ、目に入ったのはきちんと揃えられた千寿郎の指先だった。
水ぶくれが潰れてはかたく治り、また潰れては治りした、剣士の指。
千回万回の素振りと鍛錬の指。
「のちほど茶菓をお持ちします、ごゆっくりなさってください」
足音もさせずに去った、やわらかな笑み。
障子越しにあの髪の色が透けて消える。
ひととき弔問の目的も忘れ、実弥は千寿郎のいた空間を睨みつけるように見つめていた。
苦いものが胸の奥からせり上がり、喉を塞ぐ。
お前の弟もか。
煉獄。
一目見てわかった。
わかってしまった。
立っているだけで、頭を下げる動作だけで、わかってしまう。
あれだけよく似ているのに。
同じ目、同じ髪、同じやわらかな笑み。
それなのに、決定的に欠けている。
あの傷だらけの指先は、あいつと同じだ。
俺の弟。
カサついた指。
遠慮ぎみに、眩しそうなまなざしでこちらを見ている。
憧憬と感謝のこもったあたたかな視線。
渇望と挫折、物言いたげな口元。
捨てると決意したぬくもりを、思い出させる。
未練だ。
女々しい。
情けない。
振り返らないと誓った。
二度と失わないために。
くだらない。
クソッタレな甘えだ。
遠ざけ、否定し、守ろうとした。
したんだ。
……煉獄。
煉獄よ。
俺たちは、あまり語り合うことがなかったな。
過去のこと。
家族のこと。
……未来のこと。
鬼を滅殺することだけで頭がいっぱいで、目の前の敵をどう倒すかだけが重要で、こんなときにどうしたらいいのかわからないんだ。
あいつにふつうに生きてほしかった。
煉獄。
お前はどう思ってたんだ?
お前の弟のこと、お前はどう思ってたんだ?
…悪ぃな。
何しに来たんだろうな、俺は。
またお前に頼ろうとしてる。
本当は、報告に来たんだ。
倒したんだ。
みんなで。
あのクソ野郎をよ。
もう鬼はいないんだ。
いないんだぜ。
鬼殺隊は解散したよ。
俺ぁもう風柱じゃねェんだ。
柱はもういない。
継子も必要ない。
……今なら。
今ならよ。
剣士の才なんて、いらねぇのになぁ……
