相変わらず読みやすい文章、引き込まれる導入、グイグイ読ませるリーダビリティ、そしてしっかり風呂敷を畳む手腕はさすが。
文句なしに高いアベレージ。
でも、ちょっと物足りない。
なんで物足りないかっていえば、きれいに風呂敷が畳まれているからだろうと思う。きれいすぎるからだと思う。
垣谷作品の特徴のひとつでもある、物語がしっかりと収まるところに収まるかんじ、読後感が良くて読みやすくていいんだけど、あまりに‘きれいに’着地させられると、
つい、
そんな単純じゃないでしょう
と言いたくなってしまう。
……でも、ひょっとしたらそれすらも計算のうちなのかな。
垣谷さんはそういうのもぜんぶわかった上で、物語をとびきりきれいにまとめることで、読者に問題提起しているのかもしれない。
割り切れないモヤモヤを抱かせて、考えるように促しているのかもしれない。
舞台は2040年の日本。
富士山が噴火した近未来の世界。
新型のウイルスや少子化で経済も教育もインフラもボロボロになっている。
主人公のユキは頭脳明晰な少女だが、極貧で無知だった。
義父に騙されて(年齢詐称し)16歳で代理妊娠代理出産する。初産だった。セックスどころかキスも未経験だった。そのことがおかしいということすら知らなかった。
もうひとりの主人公は女医の倉持芽衣子。優秀だったのに女というだけで医学部受験を2度も不合格させられ、受験差別が明らかにされてやっと医師への道を歩みだす。女だてら、女のくせに。屈辱と搾取に怒り煮え滾らせている。
読んでいて、忘れていた怒りが蘇ってきた。
あまりにも慣れてしまって、すれてしまって、鈍感になっているけれど、「女を生きるっていうのはしんどい」ことだ。
もちろん男にも男のシンドさがある。
そんなのはわかってる。
だけど、夜道や茂みや暗がりへの恐怖。
独身の頃は「妊娠しないように」
結婚してからは「妊娠できるように」
祈りながらトイレにこもる気持ちが、男にわかるだろうか?
映画館感動モノを観て涙ぐんでいたら隣に座っていた男に膝を撫で回された不快感がわかるだろうか?
書店で立ち読みしていたらお尻を掴まれ、電車では空いているのに寄りかかられた。
声を荒げたときに「生理中か?」と揶揄される屈辱。
気のいい男友だちに「女は困ったら売るもんあるからな」と言われたときの絶望感。
そんなことの連続だ。
そういう日々を生きている。
今だったら
「ヘンなこと言ったら訴えられちゃうからなあ」「女はいいよな。弱者利権があるから」なんてのもあるか。
否定はしない。
女でトクすることもある。
いいとこ取りしてるときもある。
だけど、知らないんだ、男は。
さりげない日々に削り取られる誇りがどれだけあるのか。
当然のものとして我慢していることがどれだけあるのか。
男にも生理があればいいのに。男も妊娠して、出産したらいいのに。太刀打ちできない筋力差に怯える瞬間を、あらゆる階層の上位に異性がいる社会に生きてみたらいいのに。
女で不幸だとは思わない。
わたしは幸せに生きている。
だけど、娘をもつ母親として、娘たちがこれから「女」として生きていくと思うと……
どうか、へんな男にであわないように、と、祈るしかない。
