なぜ入らないのかは明確にされないまま終わる。
その後のエッセイでも、ブログでも、明らかにされていない。
今後も解明する気はなさそうだ。
その点について、この夫婦は語り合わないことにしているらしい。
そうして時が流れ、時間の経過がこの問題ー夫のちんぽが入らないーことを風化させていった。
中年になり、そのことをあまり考えなくてもよくなって、すこしラクになった。
そのことが重要な問題だった時代について書かれたのがこの本。
著者はじめての著作物。
生々しい私小説だ。
深刻な話題が続く。
親からは殴られ縛られ、級友からイジメを受けていた。
心通わすことができた恋人とはなぜか性交が成就しない。
しないまま結婚する。
赴任した学校では学級崩壊。
ストレスのせいか体質か、体調を崩す。
心も不調。
体も不調。
死にかける。
死にかけるほどの体調不良(病気)はしんどいが、悪い事ばかりではない。
性交は成功しないのにかけられる「子どもをつくらねば」のプレッシャーから解放されたからだ。
不妊治療のためには持病の薬の服用を中止しなければならない。
しかし中止すると命が危ない。
ブッ倒れて子どもをつくる選択肢は消えてなくなり、消えた選択肢の分だけ身軽になった。
夫の性欲はプロフェッショナルな女性が金銭で解消してくれているらしい。
「わたし」は出会い系を利用する。
不特定多数の男性のちんぽはちゃんと入れることができた。
そこに快楽があったのかどうかは言及されていない。
愛はなかったようだ。
そんな事実を夫は気づいているのかどうなのか。
「わたし」が夫の風俗通いを知っていて知らないフリをしているように、夫も気づかないフリをしているだけなのか。本当に気づいていないのか。
「わたし」は夫の性事情に立ち入らない。
夫も妻の性事情について話しかけてこない。
その点については見えないもの、ないものとする。
試行錯誤を繰り返しても入らなかった。
ベビーオイル、ローション、無駄だった。
性の専門書や参考書を探してはみたものの、探索方法が間違っていたのか、単純なエロ本に問題解決の糸口は存在しなかった。
そこから産婦人科や泌尿器科など医学の戸を叩くという方向にはいかず、やみくもに犬小屋にトラックを搬入させるが如き強引な努力の日々を重ね、布団を血まみれにして諦めの境地に至ったのだ。
いつも本気だった。
うまくはいかないことが多かったけれど、そのそれぞれが、悪いばかりじゃなかった。
どちらかといえば、良かったんじゃないかと思う。
事実を列挙していけば不幸だけど、感じているのは幸福。
変人の夫と変人の「わたし」で、幸せに生きている。
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