ホンダは00年、共同開発した車体にエンジンを供給する形でF1に復帰。06年からは
車体も造る単独チームで参戦したが、08年までの3シーズンで表彰台は優勝1勝、
3位2度の成績にとどまっている。
ホンダのチーム運営費は、年間2億ポンド(約680億円)に上るとされる。F1は巨額の
スポンサー料を集めて運営されている。今秋、本格的に悪化した金融危機では早くから
影響が懸念され、大手メーカーの撤退を予想する声もあった。
ホンダは1964年に初めてF1に参戦し、1965年末にレース初優勝を果たしたが、その後はほとんど成功することなく1968年末に撤退した。1980年代初めに、かつてF1チームの一員だった川本信彦が取締役に就任し、1978年に始まったフォーミュラ2エンジン・プロジェクトを推進した。これがラルト・ホンダチームにつながり、チームは1982、1983、1984年に圧勝した。川本はターボエンジンでF1復帰の準備をはじめ、当初このエンジンは小さなスピリットチームに採用された。その後ウィリアムズにエンジンを供給し、ウィリアムズ・ホンダの組み合わせは1984年ダラスでレース初優勝した。ウィリアムズ・ホンダは1986年まで圧勝し、ネルソン・ピケが1987年にワールドチャンピオンシップで優勝した。1988年マクラーレンと契約したことで、最も成功したF1マシンが誕生し、アイルトン・セナとアラン・プロストはこの年16戦中15回優勝した。マクラーレン・ホンダはその後の3年間1989~1991年も勝ち続けた。1990年5月、川本はホンダの取締役社長に就任したが、1992年彼はF1からの撤退を決めた。彼の究極の目標は、ホンダのマシンとエンジンで優勝することだったが、1990年代は米国におけるホンダの活動の拡大に費やされた。彼が完全なチームでF1に復帰することを認めたのは1998年だった。川本が東京での権力闘争に敗れたため、ハーヴェイ・ポスルスウェイト率いる最初の取組みは始まる前に中止された。しかし新社長吉野浩行は2000年ブリティッシュ・アメリカン・レーシング(BAR)に対するエンジン供給契約を承認した。成功は遅かったが2004年末にチームは将来性を見せるようになり、ホンダはチームの株式を一部買収した。そして2005年末にブリティッシュ・アメリカン・タバコの株式を買収してチームをホンダ・レーシングF1に変更した。2006年8月ハンガリーで、ジェンソン・バトンは1960年代以来初めての優勝をホンダにもたらした。悲しいことに、ホンダが自ら技術部門を運営しようとした2007年シーズンは失敗に終わった。2007年マシンは期待はずれであり、ロス・ブラウンの獲得も2008年のマシンに影響を与えるには遅すぎた。今年のマシンも前年のマシンに比べてさほど優れてはいなかったのである。
http://www.asahi.com/sports/update/1205/TKY200812050032.html
http://blog.livedoor.jp/markzu/archives/51426602.html
残念です。
でもF1は本業で儲かってなければやってられない。
これだけの世界的不況(恐慌?)に金持ちの贅沢趣味みたいなことやってられないっていうのもわかる。
年間680億円って・・・そのお金を稼ぐのにどれだけF1が貢献してるかってはなしだよね。
F1やってて「さすがホンダ!」て思われるならまだしも、中継されないような順位かリタイアかって走りじゃむしろマイナスイメージだろうし。
しかし・・・
これ、ホンダだけで終わるんだろうか?
これからも続々とチームが離脱してF1の開催自体があやしくなったりして・・・
F1全史 1986‐1990―ターボの終焉とホンダ専制時代
