だれがシュウジを「おまえ」と呼んでいるのかが気になってしばらくは作品世界に没頭できなかった。
なんで普通の語り方にしないのか、不満にすら思った。
しかし、物語の最後には「おまえ」という語りかけが重要な意味を持つことに気づいた。
この物語は重い。
主人公であるシュウジはいわゆる「転落の人生」を生きる。
やさしい子でありおもいやりのある子であり・・・本人に責任がない部分で、どうしようもなく堕ちていく。
屈折した兄。弱い父親。弱い母親。卑怯な友人たち。
シュウジを取り巻く環境は残酷だ。
偏見と差別に満ちた故郷で出会う大人は誰も彼もロクなもんじゃない。
のちに心のよりどころとなる鬼ケンはチンピラだし、シュウジを心配してくれる唯一の大人である神父は意図しないながらも彼を絶望に肉迫させた。母親と父親は兄へは過保護で歪んだ愛情を注ぎつつ、シュウジには冷淡な無関心。
ふたりのヒロイン(エリ・アカネ)は魅力的な女ではあるけれど、周囲の人間を破滅させるファム・ファタルタイプだ。
ただ、徹夫にイジメられるのはちょっと仕方ない部分もあったんじゃないかと思う。
むかし徹夫がイジメられていたのを傍観していたし、目下に見ていたし、信頼もしていなかった。懐いてくる子犬を可愛がるように慕ってくる徹夫とつきあっていた。だから立場が逆転したときに徹夫がシュウジにそれまでと同じように接しないのは理解できる。
そういうふたりの関係性はおもしろかった。
侮ったり依存したりも含めての友人関係ってリアルだ。
美しい友情ではないかもしれないけれど・・・それでも、相手をまったく大切におもっていないわけじゃない。嫉妬や羨望、軽蔑にまみれていても「親友」ということだってありえる。
いろんなテーマを孕んでいる作品。
サディスティックなセックスや暴力シーンなど、痛い描写が秀逸。
肉体的にも精神的にも追い詰められる。
なにを救いとするかはひとそれぞれだろう。
光明がないわけじゃない。でもその光は弱々しく、かぼそい。

