なぜ「牡羊座」が12星座トップなのか? | rh534のブログ

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2024,1,3初の長編小説「星の光源~アン・マンズフィールド・サリヴァン異聞」土井章寛著 発売されました。

羊は弱きものの象徴であるかのように描かれる。

羊は群れをなし、戦う武器や戦闘能力もなく、護り手を必要とする。

イエスキリストは「わたしは彼らの牧者である」と言った。また

「わたしは、良き羊飼いである」とも言った。

 

羊とは人間のことだ。

人間は群れをなし、弱く、何者かに依存しなければ、生きてゆけない。

狼の群れは、夜半に奇襲をかけて来るのだ。

 

「牡羊座」をひも解けば「開拓精神」と出てくる。

守護星の火星は、古くは「兵士」の意味があり、現在は「闘う意欲」と出てくる。

つまり、これは「独り立つ」の精神を現わしている。

 

おかしい・・弱きものではなかったか? 保護者が必要では?

盲目のように寄り合い、肩を抱き合って、恐怖の一夜を過ごすだけの存在ではないのか?

 

牡羊座は、たった一人で斧を携え、未開の荒野に乗り込み、開墾する魂だ。

そこには可能性と、無限の希望があるのだ、だから、人に渡したくない。

見つけた宝は独占する。

12星座は、人間の社会生活のサイクルになっている。

曙の春、牡羊座から始まり、冬の終わりうお座で終わる。

人間の新天地「春の光」を夢みて旅立ち、それがすべて「幻想」であった冬で終わる。

終わるだけではなく、また、それを繰り返す、果てしなく繰り返す。

それが12星座のサイクルの意味だ。

 

なぜおひつじ座が、人間のサイクルのトップなのか?

なぜ、仲間意識のない、独善の孤高が一番最初に来るのか?

なぜ友愛や福祉ではないのか? なぜチームワークではないのか?

 

人間は「誰にも頼らない」ところから本当の意味での成長が始まるからだ。

わたしたちの遺伝子は、未開へ行け、と誘いの信号を発する。

私は子どもの頃、東の果てに向かって走ってゆく黒い夜汽車の

星空にこだまする汽笛を何度も聞いた。

 

その貨物列車は、今でも私の記憶の中を走っている。

ただ、黒い塊になって、春になると、凍てついた北斗七星を震わせ、汽笛を鳴らす。

 

それは恐ろしい怪物のように、わたしを「そこを出ろ」と誘う。